現在活躍している6万数千人のMRの中には、製品力が高く、ある程度のシェア・オブ・マインド(医師の心のシェア)があれば売れていたというMRが多い。


 しかし、今後は「製品力が高く」、かつ「患者負担が小さい」という製品はなかなか出てこない。高額薬剤を担当するMRの多くが、“従来のやり方”では医師が処方してくれないと悩んでいるのではないだろうか。


 なぜ医師は新薬を使ってくれないのか。それは、医師側に「現状維持バイアス」があるからだ。


 現状維持バイアスとは、変化をするほうがメリットが大きい場合においても、現状を維持しようとする心理状態のことだ。あなたの周りにも、愛がないのに別れないカップルや会社や仕事の愚痴ばかり言っているのに転職しない人がいるだろう。マリッジブルーなども現状維持バイアスの一種と言っていいかもしれない。


 私の周りでは、引っ越しや転職回数が多い人は、たいてい離婚している(爆)。彼らには、現状維持バイアスがほとんどないのだろう。


 この現状維持バイアスを表現する法則として「9倍効果」というものがある。顧客は現在使っている製品を本当の実力の“3倍”高く評価し、一方で、企業側は、自社製品・サービスの価値を本当の実力よりも“3倍”高く評価する。結果として、3×3で9倍の効果を顧客に感じてもらえなければ、新製品は既存の商品に勝つことは難しいことになる。


 また、顧客は新製品のデメリットをメリットの3倍ほど重視する一方、企業は、メリットをデメリットの3倍過大評価するという「9倍効果」もある。


 医師から「高くて使えない」と言われたら、その「高い」は本当の患者の自己負担を正確に把握しているとは言い難い。しかし、高いというデメリットをメリットの3倍重視している可能性は高い。逆に、MRは高いデメリットを“過小評価”する傾向がある。


 高額療養費制度などの制度を利用することにより、実際の年間負担額はいくらになる(増える)のか。新薬に切り替えることで得られる患者と医療関係者双方の(患者負担以外の)経済的メリットは何か。メリットの3倍以上の時間を使って、医師がデメリットに思っている課題を丁寧に説明する必要がある。


 現状維持バイアスを打破しなければ、あなたの製品は苦戦するだろう。



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川越満(かわごえみつる) 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。