「エビデンス(根拠)があります」「特許を取得しています」――。


 そんな謳い文句で企業の広報部門やPR会社から“売り込み”を受けることがある。さすがにレギュレーションが厳しくなる一方の製薬会社からは、怪しげな話は出てこない。しかし、食品関連業界を中心に「ホント?」と疑いたくなるような情報が流されてくることもある。


 健康情報は、メディアにとっても有力コンテンツだ。幅広い読者層を持つ健康ネタは雑誌の定番だし、ウェブメディアでもページビューが稼げる(≒広告収入が増える)ジャンルのひとつである。


 もっとも、乱立する健康情報には信憑性が疑われるものもある。DeNA が運営していた医療情報サイト「WELQ」(ウェルク)が、杜撰な記事を掲載して問題視され、サイトが閉鎖されたことは記憶に新しいところだ。


 玉石混交の健康情報から、いかに正しい情報を選択するか、基本的な考え方を示してくれるのが『教養としての健康情報』である。著者は長年にわたって医療・福祉・健康情報を扱ってきたNHKのチーフディレクター。“医療の「翻訳家」”を自認するだけに、本書は全体を通して平易にまとめられているが、一つひとつの指摘は鋭いところをついている。


 その筆頭が、〈「〇〇という単一の食品は××に効く」という情報はよく目にしますが、その見極めはかなり注意する必要がありそう〉だろう。〈食品には、さまざまな成分が含まれているうえ、調理法など結果に影響を与える要素がたくさん〉あるからだ。


〈ある食品をたくさんとっている人に病気が少なかったからといって、それがその食品そのものの影響なのか、そうした食品をとるようなライフスタイルも含めた影響なのかもわかりません〉という部分もある。


 一時、話題になった〈赤ワインで認知症が5分の1になる〉も、〈ワインを適度に飲む習慣がある人は、健康的な食生活をしている人が多い〉が本当の理由だろう。


■エビデンスを格付け


 企業のニュースリリースやニュース記事に掲載される「データ」は“もっともらしさ”を補う情報だが、そのデータにも玉と石がある。まずは〈①「人間」を対象にしている研究かどうか(動物実験ではないか)/②「比較試験」であるかどうか/③「 論文 」として発表されているかどうか〉が、スクリーニングの第一歩だ。


 一見、正しいデータも読み方次第で解釈が違ってくる。第2章〈健康の「数字」を読み解く〉は、実際のデータやニュースをもとに正しい読み解き方を伝授する。例えば、「はしかの流行」「がんで死亡する人の増加」といったニュース。数字をもとに分析していくと、まったく違う姿に見えてくる。


 第5章はやや上級編となるが、「データや情報の質」を見極めるノウハウだ。


 まずは学会で発表された情報。〈「学会発表」 の段階では、どれほど画期的な内容であっても「可能性」を示した段階にすぎないと考えること〉が基本だ。可能性が高まったとしても、通常、人に使うためには相当時間がかかる(iPS細胞の実用化がよい例だろう)。


 本書では、「エビデンス」を格付けするツールとして「エビデンス(根拠)のピラミッド」が紹介されている。エビデンスとしての強度が最高レベルのレベル1から最下層のレベル6に分けられると同時に、動物実験や試験管内の実験といった「レベル外」の7つに分けられている。


 情報やニュースに記されたエビデンスをどの程度信頼してよいのか、エビデンスのピラミッドに従って見ていけば、ある程度判別できる。現在は〈ピラミッドのレベルだけにとらわれることは適切ではなく、ケースバイケースで柔軟に判断しよう、という流れ〉もあるが、考え方の基本としてのピラミッドの価値は依然として高い。


 有効性を強力にアピールする健康食品業界の人々と話すとき、「そんなに効くなら、薬にすればいいじゃないですか」と聞くと、決まって答えは「No」だ。理由は「治験はお金がかかる」「ノウハウがない」「食品のほうが手軽に取ってもらえる」など、さまざまだが「きちんとした情報を出さなくても売れる」という現実も背景にありそうだ。


 日々健康情報は更新されていく。なかには本当に有効なものもあるかもしれないが、健康情報に関する「教養」をもって、取捨選択したいものである。(鎌)


<書籍データ>

教養としての健康情報

市川衛著(講談社1,200円+税)