MC(司会)・キャスターの長谷川豊氏のブログ炎上が話題になった。テレビも最近はあまり見ないし、ネット上の話題にもそれほど関心もない。しかし、今回は透析医療をめぐっての話なので、彼のブログを読んでみた。


「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ! 今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」


 タイトルにも驚かされるが、その内容はさらに過激だった。


「遺伝的な疾患も確かにあります。しかし、私の見立てでは……8〜9割ほどの患者さんの場合『自業自得』の食生活と生活習慣が原因と言わざるを得ません」


「本コラムは記事内にもありますよう『先天的な遺伝的理由』で人工透析をしている患者さんを罵倒するものでは全くありません。誤解無きようにお願い申し上げます」と注釈が入っているものの、透析患者の8割、9割は「暴飲暴食」の結果で、税金をこうした患者の医療費に充てるのは誤りだと主張している。


 2型糖尿病から透析治療に入る患者、つまり糖尿性腎症は43.5%、腎硬化症は14.2%で、彼が取材した医師らによれば、「少なくとも彼らのほとんどは間違いなく『自分が悪い』ので透析になった患者」であって、腎硬化症も「自業自得」ということになる。約60%の透析患者は自己管理ができていなかったことが原因だと断じているのである。


 また、「努力すれば残りの40%も透析じゃなくなったり、透析になるのが遅くなったりはできます」という医師の言葉を紹介したうえで、透析導入の原因の17.8%を占める慢性糸球体腎炎についても、「ちゃんと定期的に検査にいって、コントロールができていれば透析導入にならずに済む人も多いです」という説明が記載されていた。


 果たして、透析に至るまでの経緯が、患者の「暴飲暴食」だけと言い切れるのか。複合的な病的要因が絡み合って透析治療を受けざるを得なくなるのではないのか。


「私は話を数人の医師に聞いた程度ではありません。秘匿義務はありますが、誰が聞いても『ちゃんと取材している』と断言できる人数にヒアリングしています」


 長谷川氏は、これを裏付けるだけの医師の証言を取っているということだが、その複数の医師はこれらの事実を証明できる確実なデータを持っているのか、まず疑問に思う。データの提示もなく、医師の証言(場合にはよっては医師の心証だけなのかもしれない)のみで、透析患者は「自業自得」と断じるには、あまりにも拙速過ぎるだろう。


 私がある医師から聞いた話はこうだ。


 1型、2型を問わず、糖尿病の人のすべてが腎症を合併するわけではない。何ゆえ腎症になる人とならない人がいるのか、そのシステムは解明されていない。食事制限をしても、腎症や眼底出血、動脈硬化などの糖尿病合併症がどんどん悪化する患者もいれば、かなり適当にやっていても合併症がまったく現れない人もいる。この差は、食事制限などの自己責任部分とはほとんど無関係で、おそらくはその人の持って生まれた体質、つまり先天的な遺伝子の複雑な組み合わせによる要素が大きく影響していると考えられている。


 糖尿病や腎臓病が現代栄養学でコントロールできる部分はそれほど大きいものではなく、つまり自己責任で回避できる部分は小さいと言わざるを得ない。


「日進月歩で医学は進んでいるが、現代医学の水準では、まだまだわからないことがたくさんある」——とのことだ。


 一部の医師の証言を真に受けて、長谷川氏がブログにアップしたということであれば、いくら取材していようが暴論以外の何ものでもないだろう。


 私がこれまでに会ってきた透析患者も、「自業自得」どころか、必死に透析を避けるための努力をしていた。彼らとて透析医療の煩わしさを見聞きし、十分認識しているからだ。透析治療が行われた日は、一時的に体の恒常性が崩れ、頭痛や倦怠感などに悩まされる。透析患者は健常者の倍速で年を取るとも言われている。


 1967年、透析医療が保険適用されるようになったが、それでも医療費は高額で、当時の透析患者は主治医に「先生、全財産を使い果たしました」と言って死んでいった歴史がある。今日の医療体制は、患者とその家族、医療関係者らの努力によって築かれてきたものだが、それでも家族の誰かが透析患者がなれば、ましてやそのひとりが家計の中心である夫や父親であったりすれば、すぐに経済的な問題が生じる。


 長谷川氏のブログの中では「殺せ」という言葉まで飛び出してくる。もちろん彼に殺意があるわけではないだろう。書いた本人の周囲に、「死ね」という言葉を用いる人もいると記されているが、ネット上に溢れ出る「殺せ」「死ね」といった言葉のいじめから、命を断つ者がいる現実も考えれば、安易に使うべき言葉ではなかった。


 透析患者や家族は透析治療を受けながら、どこかで死に脅えている。事実、透析導入後の5年生存率は60.5%、10年生存率36.2%、15年生存率23.1%だ。最近4年間は約3万8000人が新たに透析を導入する一方で、約3万人の透析患者が死亡している。長年病院に通っていれば、自分がいつどのような死を迎えるのか、およそのことは見当がついてしまう。


 14年末の透析患者は32万人、透析医療は「2兆円市場」とも囁かれている。ここに大きな問題が潜んでいるのは、長谷川氏が指摘する通りだ。220人の透析患者を連れて、病院を移籍した医師に報酬として1億3000万円が支払われていたケースもある。膨れ上がる透析医療をどうするのか、さまざまな視点から考えていく必要があると思う。透析治療に至った原因を患者本人の自己責任に押しつけ、「殺せ」などと煽って片付く問題ではない。


 仮に長谷川氏の主張が事実で、32万人にも膨れ上がった透析患者の8割、9割が「食生活と生活慣習」が原因で透析導入に至ったのなら、現場の医師はいったい何をしていたのか。それは問題にならないのだろうか。


 この問題が原因でテレビのレギュラー番組を降板させられた長谷川氏は、最近のブログで「日本の『腎移植』がもっと進むように、自分の出来る範囲から働きかけをしていこうと考えています」と記している。慢性腎不全の患者の根本的な治療は移植だが、平均待機時間は約16年。砂浜に落ちたダイヤモンドを探すようなものだ。移植の可能性について主治医に尋ねたところ「移植など考える必要はない」と突っぱねられた透析患者もいる。移植よりも透析に患者を留めておいたほうが病院にとってはメリットがあるからだ。


 丁寧な取材を重ねることはもちろん、信頼性のおけるデータをもとにした、闇に一筋の光をあてるような健筆を、長谷川氏には期待したいと思う。 


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高橋幸春(たかはしゆきはる) 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、ブラジルへ移住。サンパウロで発行されている日系紙パウリスタ新聞(現ニッケイ新聞)勤務を経て、78年帰国。以後、フリーライター。高橋幸春のペンネームでノンフィクションを執筆。87年、『カリブ海の“楽園”』(潮出版)で第六回潮ノンフィクション賞、91年に『蒼氓の大地』(講談社)で第13回講談社ノンフィクション賞受賞、『誰が修復腎移植をつぶすのか』(東洋経済新報社)など多数。2000年に初の小説『天皇の船』(文藝春秋)を麻野涼のペンネームで上梓、移植をテーマにしたミステリー『死の臓器』『死の臓器2』などがある。