番狂わせだったのか、事前の分析が甘かっただけなのか、大多数のメディア予想を裏切って、トランプがアメリカの新大統領に当選した。テレビの報道番組では「隠れトランプ支持層」なる解説も流れた。メディアでボロクソに叩かれているトランプを「支持している」とは言いにくく、世論調査の電話がかかっても、答えを濁したり、ウソをついたりした人が一定の割合でいた、という話だ。


 もう20〜30年も前、私が新聞社で働いていた時代も、こうした「隠れ支持層」が問題視されたことがある。強固な組織力で知られるある国内政党の話で、世論調査の支持率が現実より必ず「低めに出る」とされていた。調査にはまともに答えるな、という指示が組織的に流れていたらしい。他党を幻惑するためか、自陣営を引き締めるためなのか。何にせよ、対策を迫られた新聞社は、過去のデータから算出した「隠れ支持率」を、この政党に限っては上乗せし、選挙の情勢分析を行ったものだった。


 というわけで、今週最大のニュースはアメリカ大統領選だったが、結果の判明は水曜日の午後。月曜発売のポスト・現代はもちろん、木曜日発売の文春・新潮にもトランプ当選の“ちゃんとした記事”は盛り込まれなかった。


 それでも文春には、何とも微妙な『「トランプ応援団」だョ! 全員集合』という見開きの記事が載っている。「当選」の文字はどこにもない曖昧模糊とした記事なのだが、結果を知ったうえで眺めても、違和感なく読めてしまうから不思議だ。


 リードの文章は、ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏のコメント。《トランプのような泡沫候補がここまで来るなんて》という驚きの談話だが、《ここまで》が当選を意味するのか善戦・惜敗の意味なのかは不明だ。そしてあれこれと選挙事情の話が書かれた後、締めくくりに国政政治学者・三浦瑠璃氏の談話が置かれている。


《トランプ氏がこれほど躍進したのは〜》と始まって、アメリカ国民が分断されてしまう“後遺症”を心配する話になっている。結びの一文に固有名詞はなく、《新大統領の前途は険しい》とただひと言。トランプでもヒラリーでも、確かに当選後は課題山積であろう。


 そんなわけで、この記事が“見切り発車”で、「エイ、ヤー」と突っ込まれたことは、注意深い読者にはわかるようになっている。万が一、ヒラリーがひっくり返していた場合、さすがに「トランプ応援団」というタイトルには違和感が残るが、それでも訂正を必要とする文章はどこにもない。そんな“職人技”の記事なのである。


 新潮は『忙中の「トランプ」と会談アポを取った「亀井静香」の政治主張』という記事が載るだけで、はなから綱渡りにはチャレンジしていない。それよりも、月曜発売という綱渡りすら不可能な現代のほうが、予想記事であることを逆手に取り、『えっえっ、トランプ? アメリカ大統領選 大ドンデン返し』と開き直った記事を載せている。


 タイトルの脇には『11月8日は眠れない』の小見出し。文末にも《結果が判明するのは、8日である》と書き、予防線を張っているものの、「大ドンデン返し」のタイトルには、「お見事」と言うしかない。これが「大接戦」などとボカしてしまったら、インパクトはがた落ちになる。ヒラリーが勝っていたら、目も当てられない悲劇だが、その時はその時、笑うしかない。何というか、こういう週刊誌ならではのハッタリには、他人事ながら嬉しくなってしまう。  


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三山喬(みやまたかし) 1961 年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取 材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを 広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って」 (ともに東海教育研究所刊)など。