日本は国土が山がちで使える平地が少なく、人件費も高いので、農産物の生産には有利な環境ではない。したがって、農産物の国際的競争には、参戦できるだけの品質のものが作れる環境にあっても一般的には価格で負けてしまうのが常のようである。薬用作物、すなわち生薬原料となる植物等についてもこれは同じ状況であって、日本で使われる生薬のうち、日本産は10%そこそこしかない。


 こんな状況の中で、日本で消費するその生薬の100%が日本産原料で賄われている生薬がある。年間5〜6トン消費される生薬なのだが、ご存知だろうか。答えは、セネガである。


 セネガという植物は日本原産ではなく、北米大陸原産で、もともとネイティブアメリカンが使っていた生薬である。白い小さな花を穂状につける華奢な植物で、薬用にするのは根の部分である。ネイティブはこれを毒蛇に噛まれた時の薬として、また解熱鎮痛薬や咳止めなどにも使っていたらしいが、現代日本では刺激性去痰薬として利用している。漢方薬には使用されないが、主に一般用医薬品(いわゆるOTC医薬品)の咳止めシロップやトローチ、のど飴の類に多く配合されている。

            

  セネガに含まれる主な成分はサポニンで、これはサボン(=石鹸)のように泡立つ性質があり、界面活性剤のような働きのある成分である。セネガのサポニンについてはその化学構造式は少し前に明らかにされていたが、薬理活性についての発見は動物や培養細胞を使った実験方法が豊富になった近年のことで、具体的には、毛生え薬様の効果や、腫瘍細胞に栄養を与える血管の新生を阻害する効果などが動物を使った実験で確かめられている。これらの成果は、従来からよく知られていたセネガサポニンの薬理活性とは少し切り口が異なる活性であり、また構造が明らかになってからかなり時間が経ってからの発見であったという意味で、論文中でも「再発見」という表現で紹介されている。

 

 


  植物としてのセネガはもともと乾燥気味の草原地帯に好んで生育し、北米には大小様々な同属植物(Polygala属)が約60種ほどもあるらしい。他方、日本薬局方に収載される生薬類の中にもセネガと同属の植物を基原とするものとしてオンジ(遠志)があるが、こちらはユーラシア東部原産である。さらに申せば、セネガが国産100%であるのに対し、遠志は国産0%、中国産100%の原料供給率である。 


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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。