週刊誌で大々的に特集を組むなど、医師人気は衰えを見せない。『医者とはどういう職業か』は、そんな医師の実態や未来を現役医師の視点から記した一冊だ。
医師人気は大学受験の時点から始まっている。特に関西以西の理系学生では、「東大・京大に行くか、国立の医学部に行くか?」の選択をするという。その背景を著者は本書で“謎解き”している。
〈ここに成績の良い女子高生がいる。当然、親御さんはこの子が可愛いからできるだけ手元に置いておきたい。けれども(*筆者注:女子高生の地元の)W県の大学は偏差値が低い。(中略)といって阪大や京大に行かせてしまえば、親元から離れてしまう。ところがW医大は偏差値64、ここであれば京大や阪大にひけをとらず、「賢い子供」の面目も立つし、家から通えてメデタシメデタシである〉というわけだ。
もっとも、偏差値一辺倒の受験制度は〈とにかく態度が悪い、人の目を見て話すことができない、コミュニケーションがとれない〉という、臨床の医師としてはまったく不適格な人物が医学部に入学することにつながっている様子。
本書では、崩壊したと言われた医局制度の現状( 専門医制度を通じた“逆襲”も始まっているようだ)、いろいろ“かき集める”とそれなりになる収入の実態、学位や語学の必要性などが、現役医師の目から生々しく綴られる。これから医者になろうという人にぜひ読んでほしいのが、医者の忙しさや勤務実態について書かれた章。
とくに勤務医は、世間のイメージより、はるかにきつくて、時給換算すれば、わりに合わない仕事だと感じさせられる。1961年生まれの著者も〈受持ち患者が少なくなった分、夜の帰宅は比較的早くなったが、朝は相変わらず早い。外来等の前に、病棟の患者を診て回らねばならないからである。土日も一日1一回は顔を出す。(中略)そして頻度はぐっと減ったが、今でも私は時として夜中に出て行く〉という。
■軍人と似通った職業環境
昨今の医師はこうした忙しさに加えて、訴訟のリスクも高まっている。生死を扱う仕事であるが故のストレスにもさらされる。〈医者の職業環境は、職業軍人のそれと非常に似通っているとも指摘されている。制服や専門用語から始まって、指揮命令系統、生死にかかわる決断、エラーが許容される範囲の狭さ、公衆から受ける信頼に対する高い倫理規範、など多くの共通項がある。だから医者になろうという決断は、軍隊に入ろうというのと同じくらいの覚悟が必要になる〉という。
気になったのは最終章の〈医者の将来〉である。
昨今、「AI(人工知能)の進化で消える職業」といった特集があちこちで組まれているが、医師も例外ではない。最近では米IBM社の「ワトソン」が、判別が難しい症例を正しく診断して話題になった。
加えて、ナースや薬剤師といった周辺の医療従事者の業務の範囲も拡大している。また世の中も超高齢化のピークを迎えて、〈「わさわさ年寄りがいて、どんどん死んでいく」社会〉になる。高騰を続ける医療費で、現在の国民皆保険がどこまで維持できるかも不透明だ。
著者は、こうした状況を踏まえて、医師の仕事は将来〈「寿命の番人」〉になると予測する。〈患者が不必要に苦しむことがないのを確認し、家族の後ろからでいいからその臨終を見届ける〉のが役割だ。もっともこうした仕事に必要なのは「人間性」。冒頭のような偏差値一辺倒でコミュニケーションがとれない医師では役割を果たせない。医師の地位や必要とされる能力が、早晩大きく変わる。
高齢化のスピードを考えれば、それまでの時間は非常に短いものとなるはずだ。(鎌)
<書籍データ>
里見清一著(幻冬舎新書960円+税)