2度目のオリンピックを準備している東京都では、開催まで4年を切ったにもかかわらず、不透明な意思決定プロセスなどを巡って混乱が続いている。 

 

 一方、大阪でも2度目の万国勧業博覧会(万博)開催に向けて、誘致活動が進んでいる。2025年誘致を目指す大阪万博では「健康と長寿」をテーマにし、今後は政府とともに誘致に向けた活動を進めるという。

 

 しかし、大阪万博を巡る動向を見ると、テーマに掲げた「健康」とは裏腹に「不健康」な思惑が見え隠れする。大阪万博に向けた動向と展望を考えることとしたい。

 

◇  基本構想案の概要

 まず、大阪府が10月に公表した基本構想案を点検しよう。構想案は高齢化の波が先進国から世界各国に拡大する点を引き合いに、「健康の問題は世界全体が協調して取り組むべき課題」と強調。その上で、日本が先進国最速のスピードで高齢化に進んでいるとして、団塊世代が75歳以上になる2025年に万博を開催することで、「超高齢社会における課題解決の取組みやプロセスを世界に示し、世界中のあらゆる人がよりよく生きることのできる社会を提案する責務がある」と指摘し、AI(人工知能)などの技術発展を踏まえた「健康に貢献する第4次産業革命」をコンセプトに掲げた。

 

 大阪を開催地とする理由としては、▽大阪市内に日本医療機器研究開発機構(AMED)創薬支援戦略部、医薬品医療総合機構(PMDA)関西支部が拠点を置き、北大阪健康医療都市(健都)のまちづくりが進んでいる、▽大阪の「彩都」を中心とした北大阪バイオクラスター、神戸市の医療産業都市、京都大学のiPS細胞研究所の資源が立地している—といった点を列挙。

 

その上で、開催予定地である臨海部の夢洲(ゆめしま)地区がライフサイエンス拠点の中心に位置しており、「健康・長寿」をテーマとする国際博覧会の候補地として適していると定めた。

 

 構想案では来場者を約3,000万人、会場建設費1,200〜1,300億円程度、運営費690〜740億円程度、経済効果を計6.5兆円と試算。大阪が健康をテーマにした技術の「社会実験」となることで、万博の開催が技術革新と府民の健康増進につながるとしている。

 

大阪府の提案を受けて、政府は「博覧会の国内誘致は日本の魅力を世界に発信する絶好の機会。開催地のみならず、わが国を訪れる観光客が増大し、地域経済が活性化する起爆剤になると期待される」(菅義偉官房長官)として立候補に前向きな考えを示しており、来春にも博覧会国際事務局(BIE)に立候補を届け出る見通しだ。

 

◇  大阪万博を巡る政府、維新の思惑

 大阪万博構想が持ち上がったのは2014年夏。松井一郎知事が誘致の意向を示し、大阪府と大阪市を再編する「大阪都」構想の是非を問う住民投票などに向けた維新のマニフェストにも盛り込まれた(橋下徹氏や松井知事を中心とする維新は再編と名称変更を繰り返しており、ここでは「維新」と統一する)。

 

 その後、有識者らで構成する会議として、2015年4月に「国際博覧会大阪誘致構想検討会」、2016年6月に「2025年万博基本構想検討会議」を設置し、外部の意見も取り入れつつ、議論を具体化させた。

 

 しかし、綺麗な言葉が並んでいる割に、中身を伴っておらず、上滑りしている感が否めない。「なぜ健康なのか」「なぜ大阪なのか」がサッパリ分からない。

 

 さらに、開催地とされる夢洲地区は臨海部で交通アクセスが悪く、現在は国際港湾が整備されている程度。それにもかかわらず、構想案では夢洲をライフサイエンス地区の中心に位置するとしており、唐突な印象も受ける。

 

 これらには維新、政府・与党の「不健康」な思惑が見え隠れする。

 

 まず、万博開催に関する政治的な思惑だ。大阪では2008年の橋下知事当選の後、維新の発足(10年4月)、大阪府市W選挙での維新勝利(11年11月)、大阪都構想の住民投票否決(15年5月)、府市W選挙での維新勝利(15年11月)と政局が激しく動いた。現在は大阪都構想の再起動に向けた議論とともに、大阪が東京と並ぶ機能を持つ「副首都構想」が検討されている。

 

 大阪万博は副首都構想の一つにも位置付けられており、構想案を見ると、開催地への波及効果として、住民の健康向上よりも前に、「副首都・大阪の発展に寄与」という文言が登場する。これは政治サイド、主に維新の政治的な判断が現われた一例であろう。住民投票否決を受けて橋下氏が引退した後、政治的な実績づくりを通じた維新による有権者向けアピールの一環と言える。

 

 さらに、憲法改正を目指す官邸サイドの思惑も絡んでいるとみられている。構想案が出るや否や、首相官邸はバックアップする方針を示した。これには五輪後の経済対策に位置付けたいという判断に加えて、3分の2以上の賛成を必要とする憲法改正を発議する際、参院では維新の協力が欠かせないため、大阪万博を手掛かりにして連携の実績を作りたい思惑もあると思われる。

 

◇  夢洲地区という「負の遺産」

 大阪のローカル事情としては、「大阪の負の遺産」を解消したいという思惑も見え隠れする。大阪府や大阪市は公共事業で出た残土などを使い、バブル期に湾岸地区の開発を進め、港湾地区では咲洲地区、舞洲地区、夢洲地区の造成が進んだ。

 

 しかし、バブル崩壊で企業誘致などが進まず、その多くが不良債権となっており、大阪市が咲洲に整備したWTC(ワールド・トレード・センター)は2度も破綻(現在は大阪府が購入し、一部を府庁舎として利用)。夢洲地区の活用策として一発逆転を期待した2008年オリンピック誘致も無残に敗退した。

 

 そして今度は万博である。開催地として夢洲が唐突に構想案で登場するのは最初から「夢洲ありき」だからである。構想案がIR(統合リゾート)の誘致を含む国際観光拠点形成との相乗効果」として、「健康」とは不釣り合いなカジノ構想に言及しているのも、不良債権化した「夢洲」の利活用策としての側面を持っている証であろう。

 

 到底、健康とは思えない動機と思惑でスタートした万博構想。こんなことのためにカネと時間を費やすのは無駄としか言い様がない。

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丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。