今日(11月21日)発売の『週刊エコノミスト』11月29日号では、「おカネと健康 都道府県ランキング」を特集している。


 実は、同企画への執筆を依頼され、私の原稿も掲載されるはずだったのだが、書き手へのリスペクトを欠いた同誌編集者の態度が許せなかったため、こちらから掲載を拒否させていただいた。


 しかし、せっかく書いた作品を葬ってしまうのは悲しいので、少し長くなるが、「今週の提言」番外編として紹介させていただく。 


<医療費の都道府県格差が生まれる理由>


 筆者は、主に製薬企業や医薬品卸の営業・マーケティング部門に講演・研修を行っているが、最近依頼されるテーマで多いのが「エリア・マーケティング」である。


 エリア・マーケティングが医薬品業界で“流行語”になっている背景には、国が推し進めている「地域包括ケアシステム」の構築がある。同システムは、第2次世界大戦直後の1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)の間に生まれた第1次ベビーブーム世代のことを指す「団塊の世代」が75歳以上になる2025年までに、できる限り健康で、住み慣れた地域での生活を継続し、自宅で最期を迎えたいという国民の期待に応える仕組みである。


 この“2025年問題”ともいうべき地域包括ケアシステムを構築するうえで大きな課題となっているのが「都道府県格差」である。政府の「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」が2015年6月15日に発表した2025年における全国の必要病床数によると、2025年に必要な病床数は115万〜119万床程度にとどまり、2013年の134.7万床からは15.7万〜19.7万床を削減する必要性が示唆された。


 既存の病床数よりも必要病床数が少ない都道府県は、埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪、沖縄の6都府県しかない。逆に、1人当たりの入院医療費が全国で最も高い高知県は、現状の11万6200床に対して2015年の必要病床数は1万200床であることが示された。つまり、6000床が過剰であるというわけだ。1人当たりの入院医療費が2位の鹿児島県も3万600床に対して1万8800床(▲1万1800床)、3位の山口県も2万3400床に対して1万4400床(▲9000床)と、いずれも4割近くの病床数が過剰であることが示唆されている。


 医療界では、供給が需要を生むことがよく指摘されているが、医療費の都道府県格差を是正するうえでも、この3県の病床数4割削減は必要不可欠となるだろう。では、なぜ高知県の病床数が多いのか。その理由について高知県は「全国に先行して高齢化が進展し、独居の高齢者が多く、家庭での介護力もぜい弱であることや、通院に不便な中山間地域が多いことから、疾患を抱えた場合は、家庭での療養が困難であり、その受け入れ先となってきたためと推測される」と分析している。


 地理的な要因では、8位の北海道も同様だ。面積が広大で、積雪、寒冷といった自然的要因に加え、全国と比較して、高齢者の単身または夫婦のみの世帯の割合が高いことなどの社会的要因により病床数が多く、さらに入院期間も長いことから医療費が著しく高くなったと分析されている。


 2位の鹿児島県と3位の山口県は、1件当たりの入院日数が高知県と並んで全国最高である。さらに、鹿児島県は人口10万人当たりの一般・療養病床数が全国の1050.3 床を大きく上回る1812.4 床となっている。入院の受診率も鹿児島県は全国平均を1とした場合に1.59もあり、高知県の1.57、山口県の1.47を上回っている。


 逆に、2025年の必要病床数と比較して病床数が足りていない埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の1都3県は、いずれも1人当たりの入院医療費が40位台である。この結果をみてもわかるように、入院医療費は、人口当たりの病床数が大きく影響していることがわかる。加えて、この1都3県は、全国を1とした場合の入院受診率がいずれも0.7台であり、1件当たりの入院日数も全国平均より下回っている。


 一方、入院外(外来と在宅)医療費の地域差は、①気候や住民の文化・生活習慣、地域における健康づくりの取組状況の違いなどを背景とした疾患の罹患率の違い、②医療機関側の診療パターンの違いなどの供給側によるもの、③患者の受療行動の違いなどの需要側によるもの——が年齢・人口構造の違い以外に影響を及ぼしているが、入院外+調剤医療費で全国1位の広島県は、受診率が高い(全国第2位)こと、レセプト1件当たり日数(診療実日数)が高い(全国第2位)ことによるものだと分析されている。


 また、広島県は年齢補正後の入院外+調剤医療費が47位の新潟県よりも1日当たり医療費は低いが、受診日数が大きく上回っていることが指摘されている。さらに広島県は、75歳以上の糖尿病外来患者の医療費分析で全国1位となっていることも厚生労働省から指摘されている。


 高い医療費に危機感を感じたのか、広島県は近年、糖尿病重症化予防プログラムに力を入れており、参加者の検査値に改善傾向が見られたり、透析移行の予防効果が期待されるなどの成果を挙げており、国が推進しているデータヘルス計画(すべての健康保険組合等の保険者がレセプト等のデータ分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業を推進する計画)のお手本的なエリアになっている。


 長年にわたって医療費が低い地域として取り上げられている長野県は、高齢者の就業率の高さ(生涯現役の意識)や医療機関に受診するのは贅沢という意識、さらには県民所得の低さなどが影響を与えているのではないかという見方があったが、古くから地域に密着した「かかりつけ医」の体制が整っていることに加え、「保健補導員活動」(県内に約1万人以上の保健補導員等が活動しており、地域の健康の守り手として、健康な地域づくりに貢献)や「食生活改善推進協議会活動」などが、低医療費を実現させていると考えられる。


 その長野県よりも入院外+調剤医療費が約25%も低い沖縄県は、人口当たりの診療所数の“偏差値”は40で診療所数は少ない(日本医師会総合政策研究機構のワーキングペーパー「地域の医療提供体制の現状- 都道府県別・二次医療圏別データ集 - (2015年度版)」)こともあり、受診率の低さ(全国平均を1とした場合に0.75)が群を抜いて低い医療費に結び付いているようだ。沖縄県からだいぶ離れた46位の千葉県も、人口当たりの診療所数の偏差値は40と低い。全国平均を1とした場合の受診率は0.9である。45位の埼玉県も同じような状況だ。


 最後に、入院医療費の対全国比比率を入院外医療費+調剤のそれで除したランキングを紹介したい。1は入院医療費もトップだった高知県の1.48(全国を1とした場合)であり、沖縄県1.40、鹿児島県1.39、熊本県1.31、大分県1.30などが続く。逆に47位は神奈川県の0.82で、静岡県0.83、愛知県0.84、東京都0.85、宮城県0.86などが続いている。


 この数値が高い地域は入院医療費に偏りが、低い地域は入院外医療費+調剤医療費に偏りがあると言えそうだが、どちらも高い広島県は長野県と山形県と同じ0.99となっているため、一概に1に近い地域が“優秀”だとは言えない。 


※文中の医療費の都道府県別順位は、厚生労働省の「平成26年度医療費の地域差分析」の市町村国民健康保険+後期高齢者医療制度に基づいています。


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川越満(かわごえみつる) 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。