晩秋の薬用植物園は春に次いで見学希望が多いのだが、春は開花している植物が多いのに比べて、秋は果実が熟しているものが多い。この時期に開花しているのはキクの仲間くらいである。その熟した果実の中でもひときわ見学者の目を引くのがザクロである。枝が柔らかく、たくさん果実がついたものはしなって低く垂れていることが多い。真っ赤な果実は年によって大きさも個数もさまざまだが、日当たりがよく、運よく小鳥にもつつかれなかったものは大人の男性の握りこぶしより大きいくらいに成長する。

 

 重そうに垂れ下がったザクロの枝

 
 この熟した果実を見たときの反応がまた見学者によって千差万別である。奇妙な形に驚き、割れ目が入った果実から覗く中の液果の色も鮮烈なので、この植物は何か、一体どういう薬効があるのか、と質問する方もおられれば、自宅の庭木にもザクロがあるが、果実は綺麗だけど酸っぱくて食べられないですよね、とおっしゃる方、とにかく形が面白いのでひと枝欲しいと言われる方、等々。中高生などは勝手に果実に手を伸ばし、引っ張って取ろうとして枝が根元から裂けてザクロの木そのものが枯れかけるひどい状況になったこともある。

  ザクロの果実


 ザクロは現在の日本薬局方及び日本薬局方外生薬規格などには記載が無い。しかし、過去には根皮や樹皮、また果実の皮が駆虫薬として使われていた。果実の皮は、現在でも中国では下痢止め、止血作用、駆虫作用などを期待して利用されている。根皮や樹皮にはアルカロイドやタンニンが含まれ、それらの作用で駆虫効果がみられるものの、めまいや嘔吐などの副作用が出やすく、安全性の面で問題があったようで、また、日本人で駆虫薬が必要な状況は珍しくなってきたため、現在の日本では使用されないということらしい。


  割れたザクロの果実、中のタネを含んだいわゆる果肉部分が見えている

 
 他方、果実の方は、果皮に含まれる多量のタンニンの作用で止瀉作用が期待できる他、いわゆる果肉に相当する部分は食用になる。ここで、ザクロの果肉は酸っぱくて食べられたものでは無い、と思っておられる方も多いと思う。日本で庭木にされるザクロは確かに果汁が酸いものが多いようだが、ユーラシア大陸の西の方に行くとこれが甘いものが多くなるのである。新疆ウイグル自治区は食用ザクロの産地のひとつだが、ここで売られていたザクロは巨大で非常に甘かった。最近、百貨店や高級果物店で並んでいる大きなザクロは、この新疆タイプの甘い品種である。ただし、果肉といってもタネが多いので、果物として食べるというよりは果汁を絞ってジュースにすることが多いようである。


 新疆ウイグル自治区で売られていたザクロ

 
 ザクロのタネは上記のように、これさえなければもっとザクロは果物として発展しただろうに残念、と言われる原因にもなっているようだが、海外ではこのタネの多さが子孫繁栄や豊穣の象徴として喜ばれる特徴になっていることもある。さらに、かつてこのタネに女性ホルモン様作用を示す化合物が含まれているという成分研究が発表されたことがあり、女性らしい体つきになることが期待される健康食品として、ザクロエキスを含むサプリメント等が流行したことがあった。果ては果汁にもその様な効果があるかのごとく書かれた製品まで販売されていたようだが、結局、国民生活センターが複数のザクロ関連製品を分析し、女性ホルモン様物質は検出されなかったと発表し、流行に終止符が打たれた格好となった。


ザクロの花と若い果実(夏に撮影)


 いわゆる健康食品の機能性に関する表示については、消費者庁を中心にざまざまな取り決めや新たな制度等が示されている。インターネットを介して一般消費者もかなりの情報が入手可能な時代に入り、それらを駆使して賢く商品選びを行いたいものである。ザクロエキスの例はそんなことを意識させるエピソードであろう。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。