「子どもを持ちたい」と願う夫婦が、なかなか子を授からないとき、昔なら養子縁組も珍しい選択肢ではなかったが、現代では最初に「不妊治療」が検討されるだろう。『不妊治療の不都合な真実』は、妊娠のメカニズムから、不妊治療の成功確率、歴史、医療機関や公的助成の問題点まで、不妊治療をめぐるさまざまな論点について記した一冊だ。


 不妊治療は大別して、女性の排卵周期に合わせて性行為を行う「タイミング法」、男性の精液の一部を女性の子宮に注入する「人工授精」、女性から採卵し体外受精したうえで子宮に戻す「体外受精-胚移植」の順に行われるが、すでに日本で生まれる〈子どもの26人から27人に1人、4パーセント弱が体外受精児と言われています〉という。クラスに1人は体外受精児がいる勘定だ。「試験管ベビー」が騒がれた時代をおぼろげながら記憶している世代にとっては、隔世の感がある。


〈体外受精の料金はだいたい1回40万〜80万円〉と高額だが、その理由について体外受精に不可欠な「胚培養士」および培養士が働く「ラボ」の存在がある。〈体外受精がうまくいき妊娠できるかどうかは、そのクリニックにおける「ラボ力」の差だといっても過言ではありません〉という。


 そのラボ力の中核を担うのが、胚培養士の技術だ(体外受精が成功するためには、著者いわく〈胚培養士の力が7割〉)。ところが、大学病院では〈胚培養士の身分は「検査技師」に相当〉するため、いくら技術が優れていても、胚培養士の給料は変わらない。


 一方、個人経営のクリニックでは、優れた胚培養士を技術やがんばりに見合う待遇にできる。その結果、クリニックに優秀な胚培養士が流れていき、近年は、体外受精による不妊治療の中心が、大学病院からクリニックへ移行している。


■現場が先を行くいびつな構造


 しかし、この状況は医療の世界に特殊な構造を生み出している。


 通常の医療では、新しい治療技術や標準治療が大学病院から生まれて、徐々に中小病院やクリニックに広がっていく。だが、不妊治療の世界では、〈現場がどんどん先を行くあとを、法律や学会のガイドラインが追いかけるかたち〉になっているのだ。


 著者は高度な生殖医療を行うクリニックを〈「秘伝のスープ(培養液)」やレシピをもっているラーメン屋さんのような存在〉に例える。〈どのクリニックも自分たちのスープに自信をもっているので、「秘伝」のスープは決して公開されません。(中略)すべてのノウハウが、それを開発した医療機関の内部にプールされてしまい、共有されにくい構造になっている〉という。


 国や自治体からの助成金が年間330億円にも増えたことで、体外受精などの高度生殖医療を行う医療機関も大きく増えた。著者の調査によれば、16年4月現在でその数は1100超。約10年間で倍増した。


 生殖医療を行う医療機関の数は増えたものの、出生率が劇的に上がる気配はない。著者は本書で、〈体外受精に対する公的助成は、子どもが生まれる確率が低い人に投じられており、大半が「死に金」になっていると思われます〉と指摘する。


「死に金」は個人にとっても同じで、子どもが生まれる確率が低い人が、金儲け主義のクリニックにあたってしまえば、出費が膨らむばかり。体に大きな負担のかかる治療を長期にわたって受け続けることになる。


 いびつな成長を続けてきた不妊治療だが、本書を読めば、標準治療の整備、助成金の支給ルールなど適切な治療が行われる仕組みづくり、治療成績の開示ルールの整備は急務だということがよくわかかる。(鎌)


<書籍データ>

不妊治療の不都合な真実

放生勲著(幻冬舎新書780円+税)