朝日新聞社が社員の長時間労働について、労働基準監督署の是正勧告を受けた。自社紙面で電通社員の過労死自殺を大々的に報じていただけに、週刊現代とポストが、「他社のことを言える立場か」と、これを取り上げた。
『上司が部下の勤務時間を改ざんしていた 長時間労働 朝日新聞に電通を叱る資格なし!』(現代)と『「電通ブラック批判」急先鋒の朝日新聞が労基署「是正勧告」の“天ツバで沈黙しちゃった”』(ポスト)である。
筆者の知る朝日新聞事情はもう、20年近く前の昔話であり、今ではだいぶ改善されているはずだが、新聞記者と言えばやはり、長時間労働の最たる職業だろう。深夜11時、12時の退社は当たり前。最終版の完成を見届ければ、午前2時ごろまで働くことになる。日中に仮眠をとったり、ダラダラしたりして、労働の密度は必ずしも高くはないのだが、とにかく拘束時間はむやみやたらと長い。
聞くところでは、海外の新聞社はそんなことはないようで、日本の新聞社も、勤務スタイルに大ナタを振るえば変革は可能に思えるが、問題は「夜討ち朝駆け」という日本的取材スタイルをどうするかだ。深夜、取材相手の帰宅を玄関先で待ち、早朝、出勤前の相手をやはり自宅で捕まえる。警察や官庁を持ち場にする記者たちは、日中の取材活動は「記者クラブ制度」でどうしても横並びになってしまうため、深夜早朝の非公式取材で、ライバルを出し抜こうとしのぎを削るのだ。
電通では「鬼十則」と呼ばれる“掟”が定められ、なかには「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」などという恐ろしい項目もあったという。新聞社も似たようなもので、私自身、若き日の社内研修では「書け、抜け、寝るな。書く側に人権はない」などと、ブラックな訓話で脅された記憶がある。人事異動や配置換え直後は、人脈を築くまで100日間は夜討ち朝駆けを徹底しろ、という「百日勤行」なる社内用語もあった。
事件事故の発生など、時間を選ばないニュースの発生には、人員の配置やシフトの組み方で対応できる気がするが、この夜討ち朝駆けの風習に関しては、解決策の妙案はなかなか浮かばない。
ただ、ここでふと思うのは、週刊誌編集部はどうなのか、ということだ。傍目には、1週間単位でバタバタと誌面を作るその職場も、相当にハードな環境に思える。今回、文春と新潮はこのテーマをスルーしたが、現代とポストは大丈夫なのか。彼ら自身“天にツバ”することにならないか。週刊誌業界のトップを走る文春・新潮の編集部が残業地獄なのに、現代・ポストがそうでないとしたら、それはそれで「大丈夫か?」と別の心配も湧く。
文春にはユニクロ潜入期の第4弾が載った。強烈なインパクトのあった初回は、手放しでベタ褒めした私だが、正直、回を追うに連れ、読者を引っ張る魅力は薄れている。過酷な勤務の描写だけでは、どうしても退屈になりがちだし、「潜伏」に伴う緊張も、第2話で解雇され、あっけなく終わった。あとはもう、職場での人間模様をいろいろ描くしかない気がするが、どんなものだろう。「そう簡単に面白おかしくは書けない」というところが、現実に縛られるノンフィクションの宿命ではあるのだが。
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三山喬(みやまたかし) 1961 年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取 材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを 広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って」 (ともに東海教育研究所刊)など。