前回は、新専門医制度の最も大きな懸念である地域医療への影響について考えてみたが、その懸念はどうしても膨らむ一方だとの印象は強い。今回はそうした問題の根源ともいうべき「専門医」の課題について、一般市民的目線での疑問を投げてみたい。


 現在、構想されている新専門医制度では、基本的に2段階制が骨格となっている。すなわち基本診療領域である19領域と、その次に接続する29のサブスペシャリティ領域である。新制度では、まず基本領域での専門医資格を取得し、その後にサブスペシャリティ専門医資格を取得することになる。一般社会的には専門医が2段階制になるという意味があまり説明されてはいない。国民や患者にとってどのような意味があるのか、何のメリットがあるのかがよくわからない。


 また、専門医資格、サブスペシャリティ専門医資格を取得したうえで、当該の医師にはどのようなメリットがあるのか。専門医資格をダブルボード化することでどのようなことが期待できるのか、本当に説明されているのだろうか。


 19基本領域は、総合診療科を含めているが、総合診療科専門医がサブスペシャリティに進む方向も明確にはみえていない。サブスペシャリティ29領域を眺めても、すべて総合診療科には習得が必要ありそうで、実は総合診療専門医であるなら必要はないのではないかとも思える。サブスペシャリティに入っている、老年病、感染症、アレルギー、肝臓、腎臓、糖尿病、血液、呼吸器、循環器、消化器病などは、高齢化社会を考えると必要かなとも思えるが、スペシャリティ専門医になる必要はなく、連携のネットワークさえ持っていれば事足りるようにみえる。


 事実、総合診療科専門医はそういう意味もあって、サブスペシャリティへの道筋が明確にはされていないように感じ取れる。表現はよくないが、あとは自分の関心領域であったり、総合診療科からの転身を考える人には選択できる、という程度のことかもしれない。


 一方で、総合診療医をサブスペシャリティとして受け入れる研修機関があるのか、という疑問も生まれる。このことは基本領域のリハビリテーション科にも言えそうで、リハビリテーション科自体の研修機関は多くはない。私大系医学部、病院には多いが国公立系は少ないという実態もあるようで、リハビリテーション科専門医の研修自体も多くの課題が横たわっているという指摘もある。同様のことは形成外科にも言えそうだ。


 また基本領域からサブスペシャリティへの連続性を確保するために、習得症例数も基本領域から積み上げられるとされているが、その間の線引きもプログラムとして明確化されているようでもない。


 堂々巡りになるが、「積み上げる」場合、サブスペシャリティにつながる症例は、総合診療科、リハビリテーション科などではどういう症例になるのか。


●「患者にわかりやすい指標」とは何を意味するか


 そもそも基本的に専門医とは何なのか。新専門医制度では「患者から信頼され、標準的な医療を提供できる」専門医の育成が必要だということがうたわれているが、専門医制度によって、患者、医師双方にどのようなメリットがあるのかはあまり説明されていない。特に不足しているのは患者である国民に対しての説明だ。「患者が受診に際してわかりやすい指標になること」という説明はあるが、自らがどのような疾患であり、どう受診すればいいかという問題の解決は患者側にはあまり易しいことではない。となれば、総合診療科を受診してどの専門科、サブスペシャリティ専門科を受けるべきかをナビゲートしてもらえばいいということになる。その道筋は、2つの視点で考えるべき事柄だ。


 ひとつは、現在の地域医療のスキームそのもので別に問題はなく、専門性の高い診療科はそれなりの研修プログラムを用意すればいいのであり、現在の開業医と病院専門医との連携の仕組みだけを、今より良質な形にし、患者にわかりやすくその仕組みを認識させればよいということになる。


 2点目は、総合診療科をゲートキーパーにして、専門医受診のハードルを上げるのではないかとの視点だ。「患者の受診に際してわかりやすい指標」は総合診療科だ。これは、本質的に現在の医療制度の根幹を揺るがす問題になる。患者のフリーアクセスの規制強化は、医療制度の大転換につながる。この問題については、5番目の課題として6回目以降に改めて取り上げるので、ここでは指摘だけにとどめたい。


●示唆的な「名実ともに」の専門医


 連載の最初に詳しい制度の内容には触れないと述べておいたので、ここでは専門医の研修内容、更新、研修を受ける間の身分である「専攻医」については説明を省略する。というのも、現在の研修医や開業医の一部には、こうした細かい規定がどうなるのかに関心は強いことは知っておくべきだが、この制度が持っていく方向、そこにこの連載では焦点が当たるべきだと考えるからである。


 そこで、現状の医師たちが専門医に対して何を考えるか、何を求めるかをここで考えておくことが重要になる。


 現状の専門医のメリットは、専門科目専門医資格(学会認定の)を標榜できることくらいしかない。事実、あるアンケート調査では、専門医のメリットについて、重複回答で「ない」と回答した医師がトップで3割を占めたことが明らかにされている。上位を占めた回答も、「患者から信頼を得る」「生涯教育に有用」「医師同士の信頼」などが挙げられ、どこか抽象的でモチベーション的な意味合いが強い。現状での具体的なメリットは、研修機関において指導医になれることや、大病院では部長職の必須となっているなどが想定されるが、これもすべての専門医が享受できるわけではない。また、現行の専門医では給料にはほとんど関係がないという実態も報告が多い。


 そうした現状を踏まえれば、新専門医制度で専門医側が期待するのは、報酬というインセンティブということになる。現状では、周知のように専門医に対する診療報酬上の評価はない。制度がスタートし、専門医が医療制度での存在感が明確化されるには、やはり診療報酬上の評価が必要という声が高まることは必定だ。専門医を目指すインセンティブも明確になる。学会の一部には、こうした仕組みに期待する声を隠さないところがある。「名実ともに」という声が具体化されるときは、繰り返しになるが、医療制度、とりわけ国民皆保険制度改革の分岐点を意味するかもしれない。


 次回はそのガバナンスへの問題が指摘され、日本医師会の関与が強められた「日本専門医機構」の課題について眺める。(幸)