2017年度政府予算案が昨年末に閣議決定され、20日召集の通常国会で論戦がスタートする。一般会計の歳出総額は前年度比0.8%増の97兆4,547億円となり、5年連続で過去最高を更新。国債依存度も35.3%と、相変わらず厳しい財政状況が続いている。 


 このうち社会保障費については、伸びを1,400億円抑制したとしているが、財務省お得意の「操作」の形跡が見え隠れする。 


 ここでは財政再建に関する先例を引き合いに出しつつ、社会保障費の抑制がどこまで実を伴ったか考察する。 


◇  「お得意」の雇用保険国庫負担


 まず、2017年度予算案の社会保障費を考察する。社会保障費は1.6%増の32兆4,735億円であり、歳出全体の33.3%を占める。これだけ規模が大きい社会保障費にメスが入るのは当然予想されることであり、実際に伸び幅を7,000億円程度から5,500億円程度に抑えたとしている。 


 内訳は表の通りであり、雇用保険の国庫負担削減と介護保険の総報酬割導入に伴う国庫負担減が寄与している。 


表:2017年度予算案における社会保障費抑制の内訳

出典:財務省資料を基に作成。 


 では、どれだけ社会保障費がカットされたのだろうか。言い換えると、私達の生活はどんな影響を受けるのだろうか。 


 まず、雇用保険から見よう。失業給付など雇用保険の給付については、13.75%を国庫で負担しており、労使折半の保険料とともに、資金を管理する労働保険特別会計に流れ、ここから失業給付などに充てられる仕組みだ。 


 この特別会計には2016年3月現在で、過去最高水準の6兆円を超える積立金がある。雇用情勢が改善したことで失業給付が減少した一方、賃金が改善傾向にあることで保険料収入が安定化したことで、財政状況が改善している格好だ。その結果、国庫負担をカットしても財政的には影響が出ないどころか、保険料率を引き下げられる余地まである。 


 つまり、国庫負担を引き下げたとしても、失業給付が減るわけではないし、労使折半の保険料を引き上げる必要もないため、国民生活にはほとんど影響が出ない。言い換えると、手を付けやすい部分を改正することで、抑制額をねん出したのである。 


 実は、雇用保険の国庫負担削減は今回に限った話ではない。その割合は法律の本則で4分の1と定められているが、「当分の間」の措置として、2007年度から13.75%に引き下げられた経緯がある。 


 当時は「骨太方針2006」に基づき、社会保障費の伸びを5年間で1兆1000億円、単年度で2200億円を抑制することを決めた直後。財務省は雇用保険の国庫負担を引き下げることで1,800億円程度を捻り出すとともに、生活保護の見直しと併せて抑制額の目標をクリアした。 


 この後、リーマン・ショックの影響で雇用保険の財政が悪化。さらに、国庫負担の復活を掲げた民主党政権の誕生を受け、2009年度第2次補正予算で約3500億円を追加計上したが、引き下げ措置は継続されており、2017年度予算案でも雇用保険の国庫負担に再び手を付けた形だ。 


 つまり、今回の対応は2007年度と同じであり、財務省お得意の帳尻合わせに使われたことになる。 


◇  総報酬割変更は会計操作


 では、規模が2番目の介護保険総報酬割変更はどうだろうか。これを理解する上では、介護保険の説明から始める必要がある。


 介護保険の財源は図の通り、50%を国、都道府県、市町村の税金、50%を保険料で賄われている。このうち保険料の部分では、第1号被保険者と呼ばれる65歳以上高齢者が22%、第2号被保険者と呼ばれる40歳以上64歳未満の人が28%を負担している。今回の制度変更は第2号被保険者に関わる部分である。 


 第2号保険者が支払う保険料については、国民が加入する医療保険者でそれぞれ徴収し、国に「介護納付金」として支払っている。例えば、自営業者は市町村の国民健康保険に、大企業のサラリーマンは会社の健康保険組合に、中小企業のサラリーマンは協会けんぽに、といった具合であり、各保険組合に割り振られる保険料の水準は各保険組合に加入者数に応じて決まっている。言わば頭数の割り勘で負担していることになる。 


 2017年度の改革では割り勘ルールを変更。健康保険組合、協会けんぽ、共済組合などサラリーマンが加入する被用者保険については、3年間を掛けて全て所得ベースに変更する。これが総報酬割の導入である。 


 この結果、相対的に高所得者が多い健康保険組合の保険料負担が増える半面、協会けんぽの保険料負担が減るため、協会けんぽの国庫負担を引き下げる余地が出てくる。これによる国庫負担の削減を抑制額にカウントしているのである。 


 しかし、介護保険の総予算が変わるわけではない。国民が薄く広く負担している税金の負担を豊かな健保組合の被保険者に付け替えただけであり、会計操作と言われても否定できない。しかも負担が著しく増える健康保険組合に対し、協会けんぽから召し上げた国庫負担の一部を回すとしており、何のための改革なのかわからなくなってくる。 


 実は、これにも先例がある。75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度でも同様の仕組みがあり、後期高齢者医療費のうち、約40%については、現役世代が「後期高齢者支援金」を負担している。 


図 1:介護保険財源の内訳

出典:厚生労働省資料を基に作成 


図 2:総報酬割への制度変更のイメージ

出展:財務省資料を基に作成 


 この支援金の負担ルールは2014年度まで人数割だったが、2015年度から被用者保険の部分を段階的に総報酬割に変更。これで浮いた協会けんぽの国庫負担を引き下げることで、恒常的な赤字に苦しむ市町村国民健康保険と、急激に負担が増える健保組合の支援に回している。介護保険に関する2017年度予算案の対応は基本的に同じ考え方であり、財務省お得意の「帳尻合わせ」と言える。 


 しかし、帳尻合わせに終始したのも止むを得ない面がある。現政権は景気低迷と国民の不満を招きかねない消費増税には否定的。給付抑制などを通じて国民に痛みを求める社会保障制度改革に乗り出す気配も見られない。 


 その割に「2020年のプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を黒字化」という財政再建目標は堅持しており、国の財布を預かる財務官僚としては、かなり狭い道を選ばざるを得ない。その一つが社会保障費抑制を巡る帳尻合わせと言える。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

 丘山 源(おかやま げん)

 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。