前回、新専門医制度に関するいくつかの問題、論点を挙げた。むろん、この提起はこのコラム筆者の独断であり、それぞれに、またプロフェッションである医師サイドからは各種の異論があるだろうことは想像できる。繰り返しになるが、ここでは一般市民、患者の視点から問題をながめる。専門的な議論だから、素人は口を挟まなくてもいいというテーマではないはずで、素朴な疑問は示しておいたほうがいいと筆者は考える。一見すると、「専門医」という議論に紛れて、課題そのものが複雑で、それこそ専門的で難しいとの先入観が生まれそうになる。そのことが、マスメディアがこの問題を扱いかねている本質であり、わかりやすい理解を進める工夫をする努力が欠かせないのではないだろうか。


 本コラムで疑問や不透明感を示していきたいテーマを、前回のまとめとして示すと、①制度のスタートが地域医療の混乱を招くリスクはないか②専門医(専攻医)、サブスペシャリティへの症例数などの規定に問題はないか③日本専門医機構(以下、機構)の独立性は確保されるのか④プロフェッショナル・オートノミーとは何か⑤サブスペシャリティへの道筋が示されていない「総合診療専門医」の位置づけ——になる。今回は①の地域医療への影響をみたい。


 断っておくが、新専門医制度、制度設計そのものに関する説明はここではあまりしない。制度の概要についてはすでに多くの紹介が行われている。ただし、ここでは新専門医制度の骨格だけを、簡単に記しておく。(資料出典:JOHNS7月号)


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①専門医の2段階制(基本領域専門医を取得後にサブスペシャリティ領域の取得を目指す)


②専門医の認定・更新を担う中立的第三者機関の設立


③専門医育成に、研修プログラム制を導入。中立的第三者機関による研修施設のサイトビジット


④基本領域専門医に総合診療専門医を新設


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●思い出す2004年の悪夢


 新専門医制度が地域医療に混乱を招くという予測は、04年に新医師臨床研修制度が実施されたときの混乱が医療界にはトラウマになっているからだ。


 新医師臨床研修制度は、大学を卒業し医師国家試験に合格した研修医は自由に研修先医療機関を選べるようになったものだが、選択できる医療機関(臨床研修施設)の範囲も拡大したし、何より大学病院医局の指図を受けずに新人医師は研修機関を選択できるようになった。この頃、研修を希望する新人医師と受け入れ研修先の協議を指す、「マッチング」という言葉が医療界に流布されたことを覚えている人は多いと思う。


 その結果、多くの研修医が大都市を中心に高度医療機関が集まる地域に集中、当然、従来の医局システムが崩壊した。それまで、医局からの医師派遣に頼っていた地方の病院医療は大混乱した。地方の公的病院で、医師不足が顕在化し、内科や小児科などの診療科目が閉鎖される事態も数多く発生した。また、医局の支配力が弱まったことは、新人医師が望む専門診療科目の偏在などの遠因にもなったと思われる。医師不足は、社会問題化し、疲弊する医師は「立ち去り型サボタージュ」の言葉に代表された。


 今回の新専門医制度に対する警戒は、この時の混乱を再来させるという危惧が最も大きな要素となっている。この経緯に関しては、日本医師会の日医ニュース(16年9月5日付)に掲載された、松原謙二・日医副会長のインタビューがわかりやすく説明している。一部、引用する。


「制度設計の概要が公になって以来、医療現場や地方自治体等から、指導医を含む医師及び研修医が、都市部の大学病院など大規模な急性期医療機関に集中し、医師の地域偏在が更に拡大するという懸念が相次ぎ、このままでは地域医療の現場に大きな混乱をもたらすのではないかと危惧する声が強まっていました」


 新専門医制度は、こうした日医の懸念が表面化されたことで、新プログラムによる制度開始が1年延期され、当初予定の17年度4月から18年度に延期された。ガバナンスに不満が出ていた機構の改革も行われ、実質的に日医の意向が強く反映される方向性が打ち出された。地域医療の混乱という懸念は、04年の新医師臨床研修制度の経験がある以上、妥当性は大きいと思える。むしろ、日医の懸念の公表は、遅かったのではないかと思えるほどだ。


 この経緯をざっと記しておくと、16年2月に横倉義武・日医会長が記者会見で、導入時の延期、地域の連携状況の把握、地域における研修体制の整備の優先などを機構に求め、「地域医療への影響を極力少なくしたうえで専門医研修を始める」方向を示し、新専門医制度の論議は地域医療確保の観点での論議が本格化したといえる。この頃から、病院団体も歩調がそろい始め、6月にかけて「拙速」との批判の声が重層化した。この間に、医師会や病院団体関係者がよく口にしたのが、「一度立ち止まる」との言葉だ。ただ、一部の医師会関係者は、15年秋ごろから地域医療への影響を懸念する声は出ていたという。日医の懸念はかなり表面化するまで時間がかかった印象もある。


●やはり大都市への医師流出は避けられないか


 1年の延期で、地域医療への影響という懸念は払拭されるだろうか。各学会は17年度スタートを想定してすでにかなり準備が進んでいる。そのため機構は、当面、17年度の専門医研修は従来の既存プログラムで行うことを求めている。すでに準備が終わり新プログラムに移行する場合は、基幹施設と連携施設の関係の再検討、指導医の資格の緩和、従来から専門医研修を行っている施設での継続的な研修の実施、専攻医(専門医資格取得をめざす医師)の募集定員を前年度実績の1.2倍に抑制するなどの方策を各学会に求めている。


 問題は専攻医の1.2倍ルール。当初、新専門医制度で専攻医を募集すると、前年の2〜3倍の応募があるのではとの予測がされていた。1.2倍はその予測がかなり確実だとの認識が下敷きになっている。簡単な算数をすれば、近くに基幹施設・連携施設がない地方で勤務したり開業したりする医師が専攻医をめざすと、地方から17年度でも0.2人分の医師が流出する。仮に2〜3倍になった場合は1〜2人分が地域医療から姿を消す地域が生じるということになりかねない。地域包括ケアという新たな地域医療スキームが志向されている反面で、地域から医師が減りかねないのだ。


 また、18年度以降にはなるだろうが、基幹施設と連携施設の関係も新たな問題を生みそうな観測がある。基幹施設はたぶん、大学病院が主軸になることは想像に難くない。そうすると、連携施設に対する基幹施設の支配力が高まる可能性が強い。施設要件上で、基幹施設の求める条件をクリアするためには指導医などの派遣を基幹施設に頼る場面が生まれる。そうすると、またもや「医局」というシステムが復活することになりかねない。学会を通じた医局制度の復活だ、と難じる声が出るのはそのためだ。


 また、連携施設ではサイトビジットで実質的な監査システムが導入される。サーベイヤーによる認証が行われるわけだが、そこでも機関施設との関係がどのような視点で評価されるのかも、地域医療確保上は微妙なアヤを生み出す可能性が出てくる。こうしてみると、新専門医制度の地域医療への影響は大きく、その運用には慎重なうえにも慎重さが必要だということになるのだ。(幸)