天皇の生前退位の問題が国会で議論されるなか、今週、いくつかの雑誌が天皇にまつわる記事を掲載した。週刊文春は『天皇の理髪師 初告白「人間・明仁天皇」』と題して、祖父の代から3代にわたって昭和・平成天皇の理髪師を務めてきた大場隆吉という人物の独占告白をトップ記事に置いた。


 昨夏以来、持ち上がっている生前退位問題では、被災地訪問や激戦地への慰霊の旅などを繰り返し、国民に寄り添う「象徴天皇」としてのあり方を築き上げた今上天皇が、こうした天皇の姿を継承するために、健康や体力が伴わなくなった段階で生前退位をする、というルール作りを望まれているわけだが、周知のように現政権は皇室典範の改正には踏み込まず、「1代限りの特例法」で済ませようとしている。


 その背景には、首相を支える“保守文化人”たちの反対論、文春記事にも例示されるように《象徴天皇の役割について、「宮中でお祈りくださるだけで十分」(渡部昇一上智大名誉教授)といった主張》があるからだとされる。要は、国民と触れ合って先の大戦への反省を語るようなリベラルな象徴天皇を彼ら“保守派”は嫌がっていて、宮中に引きこもっているような雲上人としての天皇像を望むのである。


 いつの間に、日本の右派はこれほど尊大で、“尊王心なき人々”になったのか、と驚くが、天皇の理髪師・大場氏も「平成流を否定するような言説まで出ている政府での議論」に《違和感を覚えるのです》と取材に応じた心境を語っている。


 氏の語る天皇像で印象深いのは、調髪の間、天皇は本や新聞の切り抜きを読むことが多く、とりわけノモンハン事件や満州事変など、大戦へと向かう時代の歴史書を真剣に読み込んでいるという。私が取材を重ねている沖縄の問題でも、平成天皇の読書量はすさまじく、沖縄のある歴史研究者は琉球王国時代にまとめられた歴史書の内容について、実に専門的な質問を受けたことがある、とその博識に舌を巻いていた。


 毎日新聞の報道によれば4年前、サンフランシスコ講和条約が発効した4・28を「主権回復の日」として祝賀式典を政府が主催した際にも、天皇は「沖縄の主権は回復されませんでした」と異を唱えたとされる。講和条約で本土と切り離されたこの日が、沖縄では「屈辱の日」と呼ばれていることを知る天皇ならではの言葉だった。


 こうしたエピソードの数々が、いわゆる“正論・WILL文化人”や日本会議方面には苦々しく映るのだろう。何とも恐ろしい時代になったものである。 


 週刊ポストは『天皇「生前退位」問題 その裏で起きていること』、週刊朝日も『天皇の「ご意向」に怯える安倍政権』という特集を組んでいる。双方とも官邸と宮内庁の軋轢や、天皇の意向に沿った民主党の追及などに触れ、「特例法ありき」で進めるはずだった政権の思惑に誤算が生じている状況をまとめている。


 それにしてもその昔、私が新聞記者だった時代には、天皇に関連する報道には細心の注意が必要とされ、何よりもそれは右翼民族派の脅威があったためだった。だが今は天皇より、安倍政権のほうがメディアにはアンタッチャブルになっている。


 国会答弁で「訂正云々」が読めず、胸を張って「訂正でんでん」と答弁した話など、最高に笑えるネタなのに、ワイドショーなどでは一切取り上げない。トランプのとんでもなさは連日騒ぐのに、日本国内の似た話は触れようともしない。何だか天皇より偉い人が今は行政府のトップにいるようで、どうにもたまらない気分になる。

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三山喬(みやまたかし) 1961 年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取 材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを 広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って」 (ともに東海教育研究所刊)など。