21世紀に入って以降、日本人のノーベル賞受賞が相次いでいるが、これまで25人ものノーベル賞受賞者を輩出してきたのがロックフェラー大学である。
“石油王”ことジョン・ロックフェラーが設立したロックフェラー医学研究所が前身で、大学院生やいわゆるポスドクを対象とする学部のない大学だ。ちなみに、ノーベル賞受賞者の25人は、過去の日本人のノーベル賞受賞者の総数に匹敵する。
『生命科学の静かなる革命』は、ロックフェラー大学の輝かしい歴史や常に新しい研究成果を生み出す校風を描きつつ、生命科学の本質を考える一冊。著者は同大学で研究生活を送った生物学者の福岡伸一氏だ。
いろいろと考えさせられたのは、ノーベル賞受賞者3人を含む、5人の研究者との対談〈第二章 ロックフェラー大学の科学者に訊く〉。著者が引き出した超一流の研究者の言葉は示唆に富んでいる。
ノーベル生理学・医学賞を受賞しているトーステン・ウィーゼル氏、ポール・グリーンガード氏は、〈親近感が強い、小さな科学村〉であるロックフェラー大学の研究環境が、ノーベル賞受賞者を多数輩出する要因になっているとみる。
グリーンガード氏いわく〈どんな機関でもそうですが、規模が小さいときは組織に一体感があるのに、大きくなると、そういう雰囲気がなくなります〉。合併を繰り返し、巨額の研究開発費を使えるようになったにもかかわらず、製薬会社から画期的な新薬が出にくくなっているのはこうした点も関係しているのかもしれない。
■軽視できないコミュニケーション
マネジメントの部分では、ポール・ナース元学長は〈トップダウン式に「あれをやれ、これをやれ」などと命令はしませんし、こちらから目標を提示することもありません。私はただ優秀な科学者を見出し、彼ら自身に自分たちの研究を自由にさせてあげるだけです〉という。
利益が重視される企業の研究開発もそうだが、学問の世界でも昨今は目先の成果を求める傾向が強くなっている。大学関係者から聞こえてくるのは、「成果」「すぐに役に立つもの」「カネに結び付くもの」ばかりが評価されている現実だ。
意外感があったのは、研究者とくに研究室をマネジメントする立場の教授に求められるスキルだ。
理系の研究者といえば、「人付き合いが苦手で、他人から見ると少し変わった天才」といったステレオタイプのイメージを持ちがちだが、実際のところ〈研究室を運営するなら、コミュニケーションにおける配慮を軽視してはいけません〉(グリーンガード氏)という。〈昔は科学の問題といっても単純なものでした。しかし、今はどんどん複雑になり、学際的なアプローチが必要とされて〉(同氏)いるから(考えてみれば、同じような問題はあらゆる分野で起こっている)。
第三章は、著者自身の研究の模様が詳細に綴られていて、研究者の地道な努力の実態を知る格好の事例となっている。
昨年ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典・東京工業大学栄誉教授も基礎研究の現状に警鐘を鳴らして話題になった。本書は生命科学だけでなく、科学研究の環境をどう整備していくかを考えるうえで有用な一冊だ。偉い人にこそ読んでほしい。(鎌)
<書籍データ>
福岡伸一著(インターナショナル新書700円+税)