新専門医制度は当初予定の2017年4月からのスタートが1年先送りとなり、新プログラムは18年4月からの一斉スタートに変更されたのは周知のとおりだ。この変更に伴って、日本専門医機構の改組も行われ、実質的には日本医師会の関与が強まることになった。これは、当然、新専門医制度が医師の偏在という地域医療の混乱を招く危惧が高まったためであり、地域医療担当者にとっては当然の流れとみる空気が強い。


 日本専門医機構のガバナンスが、どうして日医などとの齟齬を生んだのか、その要因が「地域医療混乱の懸念」にあるとしても、機構そのものを改組する必然があったということは、十分な説明が国民に行われているとは言い難い。むろん、マスメディア自体がこの問題に鈍感なことも、機構の改組→日医の関与強化という流れに対する説明をしない理由でもあるだろうが。


 基本的な理解として、機構の改組にまで至った動きと、日医および関係医療団体の問題意識について、昨年9月の日医ニュースにおける松原謙二副会長のインタビューでお浚いをしてみる。なお、松原氏は改組後の機構の副理事長である。


●一気に表面化した懸念


 同インタビューでは、危惧が広がった背景として、「制度設計の概要が公になって以来、医療現場や地方自治体等から、指導医を含む医師及び研修医が、都市部の大学病院など大規模な急性期医療機関に集中し、医師の地域偏在が更に拡大するという懸念が相次ぎ、このままでは地域医療の現場に大きな混乱をもたらすのではないかとの危惧する声が強まっていました」と説明している。


 懸念が拡大したのは15年秋ころからだと筆者も実感している。多くの地方医師会で、「あれは問題だ」とする声を聞くことが多かった。また、同時に日医の危機感が小さいという批判も聞いたことがある。日医が地方医師会の危惧を正面から掬い取ったのは15年末だと語る医師会関係者もいる。


 横倉義武会長は昨年2月になって、記者会見で導入時期の延期、地域における研修体制の整備の優先などを経て、「地域医療への影響を極力少なくしたうえで専門医研修を始める」ことを要望したのが、見直しの直接的な引き金となった。松原氏はこの会長会見後の動向にも触れ、「あるべき地域医療提供体制と専門医機構が提案している仕組みとの間に齟齬が生じているのではないかとの本源的な指摘も相次いで寄せられるようになった」とも述べている。どこか機構に対する不信がこの頃に具体化してきたというニュアンスも読み取れる。


 その後、6月7日になって日医と四病院団体協議会が、「ここは一度立ち止まる」という具体的提言を示し、機構の役員の任期満了時期を得て、7月20日に改組が行われ、1年先送りという結論に向かった。


 専門医機構について、松原氏は同インタビューで以下のように述べている。


「私が副理事長に、羽鳥裕常任理事が理事に、また、監事には引き続き今村聡副会長が就いたことで、日医の関与がこれまでより強まることになりました。 専門医機構のガバナンスを問題視する声も大きく聞かれましたので、内部からもその改革を進めていくとともに、地域医療への影響を避けつつ、新たな専門医の仕組みを適切に運営していくためには、専門医機構が安定した運営を行っていくことが不可欠ですので、要請があった場合には、資金面等での支援もしていきたいと考えています」


 日医の関与が強まることを強調しているほか、内部からの改革、(場合によるが)資金面の支援も視野にあることを明言している。つまり、日医の支配下に入った、今後のことはあまり心配はいらないと述べているのだが、例えば内部の改革が必要なところは何かなど、そもそもの問題点などは明確化していない。


 こうした機構の改組は、地域医療の側面からみると妥当な対応だったと言える。しかし、本質的に、機構が進めようとした問題や、前機構組織のガバナンスの問題とは何だったのかはよくわからない。


●「公」の資格、ニュアンスの行き先


 そもそも日本専門医機構が設立されたのは13年で、厚労省が「中立的な第三者機関」で、専門医の認定や養成プログラムの統一的な評価を行う方針を決定したのが始まりだ。


 この新専門医制度に関して、池田康夫・前理事長はその必要性に至る状況を、学会が独自で専門医を認定してきたために、学会専門医制度が乱立し、専門医の質の低下が懸念されていると説明していたとされる。そのため専門医制度を公の資格として国民に広く認知され評価される制度に切り替え、プロフェッショナル集団としての医師が、患者の視点に立った自律的に運営する制度にするという理念を示していたようだ。


 第三者中立機関の装いを示すために、機構の構成は日医、日本医学会、全国医学部長病院長会議などからで構成されたが、「第三者」と言うわりに、厚労省が設置を決めた経緯があり、さらに機構が専門医の認定と養成プログラムの評価認定を行うという仕組みが構想されていた。理念的には聞こえがいいが、機構の権限があまりにも大きいという印象はぬぐえない。


 それまで、専門医の評価認定、研修プログラム策定を独自に行ってきた各学会も最も大きな「学会としての専門性」を奪われる、あるいは蔑にされるという不満が醸成されたのは当然の成り行きだ。各学会は機構の社員として機構に加わるとの改善はなされたが、専門医が資格更新時に払う認定料などの権限は機構理事会に集中されたままだった。


 松原氏が言う「内部改革」は、これらのシステムの見直しを指しているとみられ、今後、どのような内容がオープンになっていくかが注目される。


●実質的な更新制度につながる?


 池田前理事長が示していたとされる「公」の資格に関しても、よく考えれば不透明感がぬぐえない。医師という国家資格の上に公的資格となると、専門医にならなければ、専門的診療にはタッチできないという将来的不安を医師に与える可能性が出てくる。さらに、更新制が加わると、実質的に医師資格の更新制の導入と見間違えそうになる。


 こうしてみると、総合診療科専門医も更新時にはその資格を問われる可能性が出てくる。たぶん、かかりつけ医は総合診療科専門医をめざす日地域包括ケアが増えるだろう。そうなると実質的にプライマリの現場でも資格更新が大きなテーマとなる。


 一方で、こうした専門医資格の公的資格化は、医師の研修期間をいたずらに延ばしてしまうという批判も生まれている。6年の大学教育、2年間の卒後研修、そして専門医資格取得のための専攻医としての期間、博士号を得るためにはさらに5年間の大学院教育を受けることになる。それに耐えられる人は少ないはずだ。順調に行っても24歳から15年ほどを要さないと一人前の医師とはみなされない時代状況を作ってしまう。


 研修医期間が長いということは、非常勤勤務、あるいはアルバイト勤務の時間が長期化するということになりかねない。医師の勤務は流動化する。それが回りまわって影響を強く与えるのはやはり地域医療ということになりかねない。


 単純に、医師が偏在するということだけではなく、医療の質も偏在する可能性が高まるのだ。そうした観点からみても、今後の機構のガバナンスは非常に重要であり、さらに国民に向けた透明性ある方向性明示が必要になるということになる。(幸)