一般的に「経過」「暫定」と言うと、半年か、長くても2~3年程度を指す。しかし、永田町や霞が関では事実上の「恒久」措置を意味する時がある。 


 その典型例が旧道路特定財源の暫定税率だろう。ガソリン税を約2倍に引き上げていた暫定税率は1973年度に文字通りに「暫定」措置として導入された後、37年間も続いた。 


 そんなに長く続くかわからないが、介護報酬でも経過的措置がある。介護職員の給与を上乗せする介護処遇改善加算である。これは2012年度に「例外かつ経過的な取扱い」として創設された後、2015年度も継続・充実され、2018年度の報酬改定を前倒しする形で2017年度に上乗せ措置が実施される予定だ。 


 では、当初はなぜ「例外かつ経過」措置とされたのか、なぜなし崩し的に延長・充実されているのか。今回は介護職員の処遇改善に関する議論を振り返りつつ、その問題点を考えたい。 


◇  2009年度の史上最大補正で創設


 処遇改善加算の淵源は民主党(現民進党)の政策にさかのぼる。2007年の参院選で多数を得た民主党は議員立法を次々と提出し、自民党政権に揺さぶりを掛けた。その一つが「介護労働者人材確保特別措置法案」であり、月額2万円程度の引き上げを想定していた。 


 結局、この時は引き上げ幅を明示せず、処遇改善加算の必要性だけを掲げることで当時の与野党が合意し、「介護従事者等人材確保処遇改善法」が成立した。 


 その後、政権交代を前に自民党と民主党は改善額の目標をバナナの競うように引き上げていく。自民党政権は史上最大規模となった2009年度第1次補正予算で「介護職員処遇改善交付金」を創設し、月平均1万5000円を引き上げる財源措置を計上した。予算規模は3年間で4000億円であり、全額を国の税金で対応した。これに対し、民主党はマニフェスト(政権公約)で月額4万円程度改善すると規定した。 


 最終的に民主党の公約は実現しなかったが、自民党政権期に創設された介護職員処遇改善交付金は2009年の政権交代後も継続。その後、交付金は3年間で期限切れを迎えたため、2012年度介護報酬改定で争点の一つとなり、厚生労働省は「例外的かつ経過的な取扱い」として処遇改善加算を創設した。 


 この時の改定に際して、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護給付費分科会が2011年12月に公表した「介護報酬改定に関する審議報告」に以下のような一節がある。 


「介護職員の処遇を含む労働条件については、本来、労使間において自律的に決定されるべき。他方、介護人材の安定的確保及び資質の向上を図るためには、給与水準の向上を含めた処遇改善が確実かつ継続的に講じられることが必要である。そのため、当面、介護報酬において、事業者における処遇改善を評価し、確実に処遇改善を担保するために必要な対応を講ずることはやむを得ない。介護職員処遇改善交付金相当分を介護報酬に円滑に移行するために、例外的かつ経過的な取扱いとして設ける」 


 つまり、介護職員の給与は労使関係で自律的に決まるのが筋だが、介護職員の人材確保には処遇改善に向けた政府による介入は止むを得ないとしつつ、交付金相当額の処遇改善を継続する加算措置を「例外的かつ経過的」と位置付けたのである。 


 しかし、介護職員の離職率が高いことなどを理由に、2015年度改定では例外的かつ経過的な措置は継続されるだけでなく、充実が図られる。具体的には、3区分だった加算が4区分に変更され、月額平均の最大改善額も1万5000円から2万7000円に引き上げられた。 


 この改定も政治の圧力が働いた。野党に転落した民主党が中心となり、野党が2014年に議員立法で「介護・障害福祉従事者の人材確保特別措置法案」を提出し、月額平均1万円程度の引き上げを想定した。その後、2008年の時と同様、引き上げ幅を明示しないまま、与野党が合意して「介護・障害福祉従事者処遇改善法」が成立した。 


 2014年末の総選挙公約でも「介護や障害者福祉サービスを担う職員の処遇改善を行い、医療・介護等の充実につなげます」(自民党)、「事業所のキャリアパスの構築が進むよう取り組みます」(公明党)、「介護報酬・障害福祉報酬をプラス改定し、従事者の賃金を引上げます」(民主党)の文言が並び、2015年度改定に向けたプレッシャーとなった。 


 そのうえ、今度は2018年度改定を先取りする形で、介護職員の処遇改善だけを切り離した報酬改定が2017年4月に実施されることとなり、月平均1万円相当の処遇改善を実施するため、臨時的に1.14%分の報酬引き上げが決まった。この結果、表の通り、区分は5つに細分化され、月額平均の最大改善額は3万7000円に引き上げられる。 


 一見すると、介護職員の定着を促す処遇改善は良い政策のように映る。しかし、当初の段階で「経過的かつ例外的」とされていたのは、民間で自律的に決まる職員給与に対し、政府が介入することの違和感である。それにもかかわらず、政府による処遇改善は今や当然のように受け止められている。 


表:2017年度における介護職員処遇改善加算の改定内容

 さらに、介護職員の給与に対する政府の介入は強化されている。2015年度改定では、①加算取得の前後で賃金水準がどれだけ変わったかチェックするため、加算取得前後の全体の賃金水準について提出を求める、②経営悪化などで賃金水準を引き下げる場合、収支が一定期間赤字であることを確認できる書類提出を求める—の要件が追加されている。


 これは往時の社会主義国家も驚く政府による事実上の賃金統制であり、制度創設時の理念の一つとして「民間活力の活用」を掲げたことはどこかに忘れ去られたようである。 


 この経過措置の先例になるかどうかわからないが、暫定税率は元々、オイルショックによる需給動向の不確実性が高まる中、道路整備費を確保するため、1973年度に導入され、37年間も延長に延長を重ねた挙句、民主党政権期のドサクサで2010年度から「当分の間税率」として事実上の恒久措置となった。市場で決まるべき介護職員の給与に対する「例外かつ経過的」な政府の介入は一体いつまで続くのだろうか。


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丘山 源(おかやま げん)

大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。