梅の花の季節になった。ウメの開花はにおいで知らされる。筆者の管理する薬用植物園には何本かウメがあるが、入り口付近からは見えない位置に植えられているものの、開花すると園の囲いの外までにおいでそれを知らせてくれる。春一番のにおいである。
視覚的には、白い花弁に赤い萼の小ぶりな花を枝いっぱいにつける姿が一般的であるが、栽培の歴史が長い植物であるせいか、花弁や萼の色、形、大きさともにさまざまなものが作りだされている。日本庭園用の花木や盆栽の素材として重宝されることも、多くの品種が生み出された理由の一つかもしれない。近畿圏では、滋賀県長浜の盆梅、京都の北野天満宮の梅園、大阪城公園の梅林など、色とりどりのウメの花を楽しめる場所がいくつもある。
ウメは花の後によく実をつける。実の収穫時期にまとまって降る雨を梅雨と書いてツユと読むわけだが、それほどにウメの果実は身近なものであったということだろうか。ウメの実の利用といえば、梅干しと梅酒をすぐに想像されると思うが、実は、生薬としてウメを利用する際に使用する部位も果実なのである。では、ウメの果実をどのように生薬とするだろうか。
ウメに近い親戚のアンズは、果実の中のいわゆるタネのそのまた中の核、すなわちアーモンドの可食部に相当する部分をキョウニン(杏仁)として、またやはり近い親戚のモモも、同様に核をトウニン(桃仁)として生薬にする。いずれも漢方処方にしばしば配合される。
さて、ウメも同様かというと、残念ながらこれが違うのである。ウメは果実を丸ごと使い、乾燥させるだけでなく、特殊な加工を施し、真っ黒なウバイ(烏梅)という生薬にする。ウバイは見た目は真っ黒な梅干しという感じで、一説にはこの生薬名の中国語での発音がウーメィであり、これが日本語で言うウメの語源となったという。
ウバイには、健胃整腸作用、解毒・鎮痛作用などが期待されると考えられているが、漢方処方に配合して使うよりは、一般用医薬品(OTC)や家庭薬などに配合される素材である。読者の中にも子供の頃に腹痛を起こすと、梅肉エキスなる真っ黒でちょっと甘酸っぱくてえぐいような複雑な味のエキスを服用させられた経験をお持ちの方がおられるのではないだろうか。
ウメ、アンズ、サクラ、モモーいずれも少しずつ似たところがある春の花木であるが、一番気温が低い時期に開花するウメだけが、容姿とともに花のにおいも果実も楽しめる薬用植物である。お花見にはまだ少し寒過ぎる気温ではあるが、花粉症でなければ鼻を澄ませての街歩き、公園めぐりを楽しんでみられてはいかがだろうか。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。