2月24日付朝日新聞の朝刊中面コラムで、ジャーナリストの池上彰氏がトランプ米大統領とその政権、さらには日本の安倍政権を痛烈に批判している。


 まず池上氏はいまのアメリカで流行している言葉として「オルタナティブ・ファクト」(もうひとつの事実)と「フェイクニュース」(嘘のニュース)の2つを取り上げたうえで、次のように言及する。


 米メディアが大統領就任式の観客数を「オバマ大統領の就任式より少なかった」と報道したことに対し、大統領報道官が「過去最高だった」と反論した。この発言をテレビ番組で追及されると、今度は大統領顧問が「報道官はオルタナティブ・ファクトを述べた」と言い切った。池上氏は「事実でないことを『もうひとつの事実』だと言い張る、驚くべき発言だ」とあきれる。


 2月16日、トランプ氏は記者会見を開いてフェイクニュースという言葉を連発した。選挙期間中、トランプ陣営がロシア側とやりとりしていたという報道について「フェイクニュースだ」と否定し、「こうした情報が情報機関から漏洩したことを調査する」とまで言い放った。「漏洩が事実と認めながらそれを報じることはフェイクニュースになる。支離滅裂だ」と池上氏。


 さらに池上氏は「日本の国会でもオルタナティブ・ファクトがある」とも指摘する。自衛隊が国連平和維持活動(PKO)で派遣されている南スーダンで昨年起きた事件について「戦闘」ではないかと問われ、稲田朋美防衛相は「国際的な武力紛争の一環として行われる人の殺傷や物の破壊である法的意味の戦闘行為は発生していない」と強調していた。池上氏は「銃撃戦が起きても『法的意味の戦闘行為は発生していない』。まさにオルタナティブ・ファクトではないか。トランプ大統領の側近を笑っていられない」と皮肉る。


 最後に池上氏はニューヨーク・タイムズのファクトチェック(事実確認)のコーナーや、朝日新聞が政治家の発言をチェックする記事の掲載するニュースを取り上げ、「メディアが発言をいつも監視すること。それが政治家に無責任な発言をさせない効果を発揮する」と指摘している。なるほどその通りだ。


■ネット社会が「ポスト・トゥルース」生む


 ところで池上氏が取り上げたオルタナティブ・ファクトとフェイクニュースの2つの流行語は「ポスト・トゥルース」という言葉に集約される。事実や真実ではなく、感情や個人的な信条で世論が作られるというのが、このポスト・トゥールスの意味である。


 世界最大の英語辞典を発行するイギリスのオックスフォード大学出版局も昨年11月、2016年を象徴する言葉にポスト・トゥルースを選んだ。


 アメリカ大統領選のさなか、さまざまなフェイク(偽)ニュースが作られては、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のツイッターやファイスブックで瞬時に拡散された。たとえばトランプ氏自身のうその発言も含め、「オバマ大統領がIS(過激派組織イスラム国)の創設者だ」「クリントンがISに武器を売却した」など挙げれば切りがないほど多かった。政治家の発言の真偽を検証する米メディアのポリティファクトによると、トランプ発言の7割が「ほぼ間違い」から「真っ赤なウソ」に相当するという。


 フェイクニュースは落ち着いてちょっと考えれば、「おかしい」と分かりそうなはずなのにみなコロリとだまされてしまう。何故なのか。


 メディア・コミュニケーションの研究に携わる大学教授は「人は自分の考えと同じ意見を好む。ネット上ほどそれが顕著に表れる」と分析する。客観的事実よりも、自分の立場を擁護してくれる情報に強く引き寄せられる。その結果、トランプ氏のような米国第一主義や過度の保守主義、自国さえよければ世界はどうなっても構わないという反グローバリズムに陥り、ポスト・トゥルースを生む。その背景にインターネット社会がある。


■ツイッターやフェイスブックを疑え


 本来、ツイッターやフェイスブックをより多くの人々が利用することで、世界がさらにオープンになり、人々がつながっていく。人々が多種多様な意見や考えに触れるようになることで大きな知恵が生まれ、広く民意をとらえていく。社会を良い方向に前進させることができる。


 ネットにはこうした正の面に対し、負の面がある。意見や考えが近い人同士がつながりやすく、共有される情報が偏る。事実や真実よりも共感できるかどうかが重視される。その結果、意見が極端になり、社会を分断させる危険が生まれる。異なった意見を聞いて認め合い、議論を深めていく民主主義のルールが無視される。ネットがもたらすゆがみが民主主義をむしばむ。


 それゆえ自分と異なる意見に耳を傾け、冷静に判断できる能力を養う必要がある。幼少時からの学校教育であふれる情報に対処できるよう訓練することが大切で、その訓練の中でネット社会の問題点を考えさせる必要がある。


 新聞やテレビが真偽を検証するファクト・チェックも重要だ。たとえば選挙の候補者の演説や討論会での発言にうそや偽りがないかを調査して有権者に正しい情報を提供する。マスコミによる権力の監視になる。


 ネットが世論や政治に影響を与える事態は日本でも増している。トランプ氏のようにツイッターを積極的に活用する候補者や政党は多くなり、ネットによる選挙運動もすでに解禁されている。いつ何時、アメリカのように事実や真実が無視され、感情に訴えるポスト・トゥルースが、はばを利かせる事態に陥るかもしれない。


 そうならないよう、ツイッターやフェイスブックなどのSNSの情報を疑うことが大切である。(沙鷗一歩)