「避難所はね、住民がつくるものなんですよ」


 そんな言葉を防災専門家の講演で聞くことがある。確かに、『避難所運営ガイドライン』(平成28年4月内閣府・防災担当)にも、「原則的には被災者自らが行動し、助け合いながら避難所を運営することが求められる」との記載がある。


 思わぬ自然災害で避難者が出る様子をニュースで見るにつけ、内心不安に思っていたところ、近隣で「避難所開設訓練」が行われることを知り、参加してみた。


■自主防災組織が「ある」だけでも段違い

 

 筆者が住むK市は東京都多摩東部に位置し、人口約7万6千人(3万8千世帯)、高齢化率は23.1%。文教地区で大きな企業や産業はなく、市の予算は潤沢ではない。


 市立小中学校11校は「指定避難所」つまり「災害により住まいを失った人、または、そのおそれのある人、電気・ガスなどの被害により自宅での生活が困難になった人が一時的に生活を営む場所」とされている。


 避難所開設訓練が行われたのは、ムスメが通っていた小学校。土曜の朝、8時45分の開始を前に会場に向かうと、既に炊き出しの煙がもうもうと上がっていた。この日は子どもたちが運営を手伝いながら、避難訓練も行うらしい。


薪での炊き出しは経験がないと難しい


避難所運営の全体像と訓練内容


 避難所運営には、開設、運営、閉鎖準備というフェーズがあるが、今回は「開設」の部分だ。「地震で自宅が被災した住民が、指定避難所に集まってきたところ」との前提で、訓練が始まる。


 まずは入口で簡単な受付名簿に氏名、性別、年齢、所属自治会等を記入。筆者の近隣はかつて30軒ほどで小さな自治会をつくっていたが、住民の高齢化と転出・転入で、もはやつながりが薄い。自治会としての参加はしないため、自分は「所属なし」に分類され、待機する。


 この「簡易受付」で、避難者の概数を把握し、物資の不足がないかチェックするという。


 自主防災組織がある自治会の中には、揃いの防災ヘルメットや上衣、のぼりなどを持って参集したグループもいる。避難してきたときに、同じ町内会だと一目でわかる人たちがいれば心強いだろう、と少し羨ましい。


 訓練開始後、最初に行ったのは「避難スペース確保」。ブルーシートの四隅を養生テープで固定し、1枚あたり10人程度で座ったり寝たりして、一人分のスペースを体感する。災害時にはさらに段ボール等で間仕切りをつくる。


今は訓練だから、老若男女の別なく談笑しているが、実際にここで何日か過ごすとなると、仕切り越しの「隣人」に気を遣うだろうなと想像する。


 ブルーシートごとに「避難者班」をつくったところで、それぞれが「避難者世帯名簿」の書式に、氏名、性別、年齢、住所、所属自治会、要配慮者の有無、避難所運営上役立つ資格やスキルなどを記入する。これを班ごとに取りまとめて、避難所運営責任者に提出。正確な避難者数の把握や、要配慮者への対応に役立てる。


体育館内の避難スペース確保

 

 

要配慮者への対応例


■排泄は避けられない大問題


 力仕事をやる気まんまんで出かけたが、後半は確認や見学をするスケジュール構成だった。


 まずは「災害用マンホールトイレ」。市内の全小学校にマンホールを設置し、組み立て用トイレを備蓄しているという。この小学校のマンホールは5個。一部は車椅子でも入れるトイレを据えるため、マンホール間の間隔を広くしてある。


 マンホール下のパイプは、校庭脇道路下の下水本管に向けて流れるよう傾斜がつけてある。また、ある程度排泄物がたまったら、高い側からプールの水をパイプに注ぎ、流下を促すという。


 ただ、このタイプのトイレの備蓄には限りがあるため、普通の洋式便器上にビニール袋を二重に掛け、排泄した後に凝固剤で固めるタイプの製品の紹介もあった。「固めたものは袋をしっかり縛って可燃ゴミでOK。ただし、紙など他のものは混ぜないで」との説明も添えられた。


 帰宅してから通販サイトで調べると、処理袋も含め、100回分で2万6千円ほど。製品が入った箱の側面に「突然の災害・停電・断水・・・。気がつくと、最後はトイレで困ります」との文字が印刷されている。ごもっとも。


 東日本大震災の際、「外の仮設トイレまで歩けない高齢者が自ら紙オムツを装着し、動かなかったために寝たきりになった。避難所の隅でそっとオムツ内に用をたす人もいた」「排泄後、流水でなく溜め水で手洗いしたために、急性下痢症のリスクが増した」などの話を思い出した。トイレが「ある」だけでなく、適切な衛生管理が重要だ。


 そこで、現実的な避難所「運営」のフェーズでは、情報管理部、物資調達部、応援旧五部とともに安全衛生部が設けられることになっている。安全衛生部の活動は、施設管理、トイレ・ごみ・防疫への対応、ペットの管理などだ。


小学校のプール脇に設置される災害用マンホールトイレ


本管からの給水に非常用電源を備えた給水栓

 

■「自助」の手立てを整えたうえでの「公助」「共助」


 非常用給水栓の開け方、使い方の説明も受けたが、多くの蛇口をつけられるわけではなく、ポリタンク等を手に長い行列ができる様子が目に浮かんだ。


 空き教室のひとつが備蓄倉庫として使われており、アルファ米、乳幼児と高齢者用の紙オムツなどの箱が置かれていた。追って救援物資が届くとしても、想定される避難者に対して十分とは思えない量だった。


 やはり「自助」が基本。自分の家族構成を考えて、できる限りの備えはする。そのうえで、やむを得ない状況に陥ったら避難所に移る。移ったら受け身でなく、少しでも自分が運営に役立つ方法を考えて行動する。

 

 そんな心構えが芽生えたことが収穫かな、と思いつつ、配布された炊き出しのご飯を手に帰宅した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。