医薬品の世界ではアジア人と欧米人で用量が違うなど、薬の効きという点で人種差が問題になることが珍しくない。だからこそ日本で薬の製造販売の承認を得るためには、国内での治験が必要になる。『日本人の「体質」』は日本人と外国人(主に欧米人)との体質を比較し、〈本当に有効な健康法と病気の予防法について〉考える一冊である。


 ちなみに、国民の大半が移民でさまざまな人種が暮らす米国では、〈それぞれの人種に最善の医療を提供するための人種差医療が導入されて〉いるという。特定の人種や系統の人が発症しやすい病気を予防したり、早期治療を行うのが目的だ。〈2005年には、初めての人種別医薬品として、アフリカ系米国人に限定した心不全治療薬も承認〉されている。


 本書でいう「体質」には、〈遺伝子によって決まり、基本的に一生変わらない部分〉に加えて、〈生活習慣やストレス、食生活や運動などの環境要因によって変わる部分〉も含まれている。もちろん、インスリンの分泌量が欧米人に比べて少ないとか、日本人に特有の性質もあるのだが、食習慣など環境要因による影響も少なくないようだ。その点は、米国に住む日系人との比較で明らかにされる。


 意外感があったのが第2章。一般に健康的と見られている生活習慣を取り上げ、〈欧米人に有効な健康法が日本人にも効果があるとは限らず、それどころか有害なことさえある〉点を明らかにする。


 例えば、筋トレ。よく「筋トレをすると、基礎代謝が増えて痩せる体質になる」と記したダイエット本を見かけるが、〈筋肉を1kg増やしても基礎代謝量の増加は1日あたりせいぜい20kcal、わずかキャラメル1粒分のカロリー〉だという。日本人はそもそも筋肉が付きにくい。痩せたいなら、〈カロリーの総摂取量を減らすとともに、日常生活のなかで体をこまめに動かしてカロリー消費を積み重ねるほうが確実〉だとか。


 オリーブオイルの使用、骨粗鬆症を防ぐ目的で乳製品を取ること、赤ワインによる動脈硬化の予防……。一般的には体によいと言われている食習慣だが、その実態は本書で確認していただきたい。


■終戦直後より少ない摂取カロリー


 第3〜5章では生活習慣病、第6〜9章ではがんを題材に、日本人の体質と病気の予防法を考えていく。


 実は、現在の1人当たりのカロリー摂取量は、食糧難だった終戦直後よりも少ない。にもかかわらず、糖尿病の患者は増えている。著者は、日本人の総摂取カロリーに占める脂肪の比率の上昇と運動不足をその原因と考える(きちんと検査してなかったこともあるのだろう)。食の増加と自動車の普及で日本人の体質が変わってしまったのだ。


 気を付けたいのが過度な糖質制限である。もともと日本人は欧米人に比べてインスリンの分泌量が少ないが、極端に炭水化物の量が減ると膵臓がインスリンの分泌を高めようと頑張る結果、次第に疲れて機能が低下するという。


 本書は、タバコはもちろんのこと、〈「悪いエピジェネティクス(環境要因が遺伝子の作用を変えること)」を起こす〉と飲酒にも厳しい。〈日本人を含む東アジアの人の約半数が、肝臓でのアルコールの分解にかかわる遺伝子に生まれつき変異がある〉。この遺伝子に変異があると、お酒を飲む量が同じなら欧米人より高い確率で、各種のがんが発生するという。タバコ+酒はさらに悪い。


 つまるところ、「塩分を控えめにしつつ、魚を中心とした日本の伝統的な和食(特に豆腐や納豆といった大豆由来の食品を本書で絶賛)を食べ、運動する習慣を持つ。タバコを吸わず、酒は適度に」という極めてフツーの結論にたどり着いてしまう一冊なのだが、各国別のデータや小ネタ(血液型による胃がんの発症しやすさ、他)は楽しく読めた。


 妄信こそしないものの、私はこの手の本に影響を受けやすい。なので、もし小刻みにおかしな動きをする私を見ても、怪しんだり心配しないでほしい。それは〈日常生活のなかで体をこまめに動かしてカロリー消費〉しているだけだから。(鎌) 

                

 <書籍データ>

『日本人の「体質」』

奥田昌子著(ブルーバックス900円+税)