今回は、新専門医制度でも現状での地域の医師の偏在問題の対応、地域包括ケア体制整備の要、そして将来的にはたぶん、政治的課題として浮上してきそうな「総合診療専門医」についてみていく。なお、総合診療専門医に関しては、サブスペシャリティのあり方を含めて、いまだに論議の途上にある。認定方法なども決まっているとはいえない。まさに現時点では流動的な要素が多いことに留意しておきたい。


 例えば、日本専門医機構は1月の検討委員会で「地域総合診療医の認定案」をまとめているが、ここでは総合診療専門医について、「地域総合診療医」としての認定という考え方が出ている。そのうえで、サブスペシャリティとして、プライマリケア総合診療医、家庭医療総合診療医、病院総合診療医の設置案が示されている。「地域総合診療医」という標榜が出てくるなかで、そのサブスペシャリティまでが提案されている状況は国民目線からは非常にわかりにくい展開だ。総合診療専門医制度自体がまとまっていなことを示すものと受け止めたほうがいい。


 専門医機構の副理事長に就任した松原謙二・日医副会長は、日医ニュースのインタビューで、総合診療専門医に関して、その運用をどこが担うのかは今後の議論とし、そのうえで総合診療専門医は「あくまでも学問的な面から評価したもので、今後も地域医療を守るのはかかりつけ医である」と述べている。かかりつけ医=総合診療専門医とされる制度設計には否定的なニュアンスを示しているわけで、地域医療の担い手が総合診療専門医なのか、その認定を受けなくてもすでに地域に存在するかかりつけ医なのかという部分が不透明だ。だが、そのことこそが、総合診療専門医の制度化を通じて管理医療の徹底につながるかもしれないという危惧の存在を示していることになる。


 この問題は、こうした前提を明らかにして、論議を国民の前に公開しないと多くの誤解をさらに生み続ける予感がする。


●「6つのコアコンピテンシー」のわかりにくさ


 流動的な状況がある「総合診療専門医」だが、新専門医制度ではどのような位置づけがなされ、どのような研修内容が論議となっているのか、基本をみていく。


 新専門医制度では、総合診療専門医の定義は、総合診療専門研修整備基準のなかで「主に地域を支える診療所や病院において、他の領域別専門医、一般の医師、歯科医師、医療や健康に関わるその他の職種などと連携し、地域の医療、介護、保健など様々な分野でリーダーシップを発揮しつつ、多様な医療サービスを包括的かつ柔軟に提供する医師」とされている。


 そのうえで、総合診療専門医専門研修カリキュラムとして、「到達目標:総合診療専門医の6つのコアコンピテンシー」が示されている。しかし、コアコンピテンシーとは何だろうか。筆者には馴染みのない言葉だったので、当然調べたが、「目標をクリアするための能力」という意味らしい。余談だが、こうした制度設計をしていく段階で、こんな言葉を使う必要がどうしてあるのか。ここにも最初から国民にその理解を求める考え方など、まるでないことがよくわかる。


 6つのコアコンピテンシーを以下に羅列する。なお、この具体的内容では、必須目標と努力目標が示されている。 


(1)人間中心の医療・ケア=①患者中心の医療②家族志向型医療・ケア③患者・家族との協働を促すコミュニケーション


(2)包括的統合アプローチ=①未分化で多様かつ複雑な健康問題への対応②効率よく的確な臨床推論③健康増進と疾病予防④継続的な医療・ケア


(3)連携重視のマネジメント=①多職種協働のチーム医療②医療機関連携および医療・介護連携③組織運営マネジメント


(4)地域志向アプローチ=①保健・医療・介護・福祉事業への参画②地域ニーズの把握とアプローチ


(5)公益に資する職業規範=①倫理観と説明責任②自己研鑽とワークライフバランス③研究と教育


(6)診療の場の多様性=①外来医療②救急医療③病棟医療④在宅医療 


 加えて、経験目標として、①身体診察および検査・治療手技②一般的な症候への適切な対応と問題解決③一般的な疾患・病態に関する適切なマネジメント④医療・介護の連携活動⑤保健事業・予防医療——を示している。


 総合診療専門医の研修期間は3年間。当初案では、1年目は内科(必修6ヵ月)、小児科(必修3ヵ月)、救急(必修3ヵ月)。2年目は総合診療専門研修Ⅰ(診療所・病院)+領域研修(パートタイム)だが、領域研修はほぼ科目を自由に選択できる。3年目は総合診療研修Ⅱで病院総合診療部門での研修6ヵ月が義務付けられ、以後の6ヵ月は領域別研修となっている。


 1月に専門医機構検討委員会でまとめられた「地域総合診療医としての認定」では、研修については、1年目に内科1年間、2年目は救急、3年目に外科または小児科または内科を1年間、それぞれ指導医の下で行うとされている。


●総合診療専門医は勤務医


 地域総合診療医の認定制度については、08年頃には日本医師会での検討も始まっていた。また、過去には家庭医制度の導入をめぐって日本医師会と厚生省(当時)が厳しく対峙した経緯もある。一方で、メディアの健康関連番組が増えるなかで、総合的な所見から診断ができる総合診療専門医の必然が国民側のニーズとして生まれてきた背景もある。


 高度専門病院のかなりの数がすでに総合診療科を設けており、患者の振り分け役も担っている。科学的技術を装備した総合診療専門医は、実は病院、とくに勤務医の側から生まれてきたものとの認識が必要で、現在、地域医療の担い手であるかかりつけ医とは意味が違う。病院における総合診療専門医の役割をみれば、それが地域医療のなかでどのような役割を持つことになるか、オーバーな観測かもしれないが、地域で認定された総合診療専門医が増えれば、地域医療のゲートキーパーの役割を持つことになるかもしれない。英国のNHSのような医療制度への途が開かれるかもしれないのだ。


 その意味で、松原氏が言う「今後も地域医療を守るのはかかりつけ医」という表明は、総合診療専門医の地域での位置づけに関して、今後厳しい論議が行われることを予測させるのである。(幸)