セブン&アイ・ホールディングスを、約25年の長きにわたって同社を率いた、鈴木敏文氏が会長を退任してから5月で1年。この1年でまだ「鈴木退任」という衝撃人事の混乱から脱却したようには見えないが、確実に言えるのは伊藤派(伊藤雅俊名誉会長)の巻き返しだ。これまでセブン&アイの人事はカリスマ鈴木元会長の意向で動いており、逆らえる者はいなかった。だが、その最終ジャッジの役回りは伊藤名誉会長に移ったとみえる。


 象徴しているのが、イトーヨーカ堂の社長人事だ。中国総代表だった、三枝富博常務執行役員が3月1日付で社長に昇格した。三枝氏は先輩にあたる前の中国総代表の塙昭彦氏とともに、中国事業の基盤を築いたともいえる人物。


 流通事業の展開が難しい中国で、総合スーパー(四川省では7店を展開し売上高800億円、営業利益率4%を達成)を成功させ、その評価は社内でも高い。その三枝氏をいわば育てた塙氏は伊藤派中の伊藤派といえる存在だ。


 こんな話がある。鈴木元会長が創業家である伊藤家の株主として存在感を薄めようとセブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂などグループ会社を傘下に置く持ち株会社「セブン&アイHD」を設立、鈴木氏に権力を集中させていた時も、伊藤派の象徴だった塙氏を切ることができなかった。


 元セブン&アイ関係者によると「塙氏が伊藤名誉会長の執務室に入る際には鈴木元会長に対し、謀議はしないというような主旨の誓約書を一筆したため差し入れいていた」などしており、塙氏は実力があっただけに鈴木元会長が最も恐れ警戒した人だった。


 三枝社長は中国で塙氏の薫陶を受けてきたゆえに、伊藤名誉会長の覚えめでたく、伊藤名誉会長も全幅の信頼を置いているといわれている。もちろん、三枝社長になっても、これまで発表してきた店舗閉鎖や店舗の再構築については修正がなく、このままでいくと実行される気配だ。


 だが、逆に三枝社長は、あるインタビューで、伊藤名誉会長を慮ってか、祖業であるイトーヨーカ堂の立て直しに意欲を示すなど、モノ言う株主である米投資ファンド、サード・ポイントの提言に押され、段階的に店舗網を縮小していく雰囲気に包まれていた。どちらかと言うと、鈴木派だった亀井社長の時とは空気もずいぶん変わり始めている。


 現在のセブン&アイでは、鈴木元会長の側近とみられていた人物は、鈴木氏の電撃退任以降、主要ポストからすでに外れている。鈴木元会長の次男、康弘氏は昨年末にセブン&アイの取締役を辞任した。


 それ以前に鈴木元会長の側近中の側近で、オムニチャネル戦略の推進役だった、そごう・西武社長の松本隆氏が退任。そして今年3月には亀井氏がイトーヨーカ堂社長を辞めた。鈴木時代に請われてセブン&アイに入り、セブン&アイフードシステム社長を務めた大久保恒夫氏も社長から降りた。


 人事面での鈴木色が一掃されるなかで、今度はこれまで、鈴木元会長の権力の象徴だった「7&i」の文字がイトーヨーカ堂の看板から消され、換わってかつてイトーヨーカ堂時代から使われてきた「ハト」のマークが復活、少しずつ伊藤派の復権がなされている格好だ。 ハトのマークの復活と軌を一にするかのように、鈴木時代には閑職に追いやられていた伊藤名誉会長の次男である順朗氏が、昨年末に取締役執行役員から取締役常務執行役員に昇格した。


 鈴木時代に冷や飯を食っていた、伊藤派一派は、完全に力を取り戻して優勢に転じているのである。 次は井阪隆一セブン&アイHD社長が、創業家の伊藤順朗取締役にいつ大政奉還するかが焦点となる。 だが、人事面で順朗氏を担ぐ勢力が復権しても、グループで業績の足を引っ張っているイトーヨーカ堂を立て直せるかどうかは別問題である。


 イトーヨーカ堂の前期(17年2月期)の業績は、コストの削減などで営業利益段階で従来の赤字予想から一転して黒字転換を実現した。ひとまず、黒字化すれば店舗閉鎖を主張する勢力の根拠も希薄化、少なくとも当面、激しいリストラは先送りできる。


 しかし、総合スーパー事業の立て直しにはこれといった解決策がなく、大手各社のどこもが苦戦している現状は変わらないどころか、負の遺産を抱え続ければ、損失は増すばかり。前期も総合スーパーの店舗の減損処理により1000億円の特別損失を計上。会社予想通り、当期利益は前期比▲50%に近い数字になるという見方が有力となっている。 アマゾンに代表されるネット通販の台頭、少子高齢化で高齢者は広い大型スーパーをぶらぶらと歩き回るような買い物をしなくなっている。


 店舗閉鎖は減損などで巨額のコストがかかる。しかし、創業家に配慮して総合スーパーの店舗閉鎖や改革を先送りすれば、ますます閉められない呪縛に憑りつかれていくことになるのは間違いなく、傷を広げかねないのだ。(原)