「日本の医療は世界でもトップレベル」。多くの人はそう信じているだろう(自分もそうだ)。しかし、『視力を失わない生き方』を読むと、眼科領域に関して、その認識を覆させられる。
世界的に著名な眼科医である著者は、冒頭から〈こと眼科手術医療に関して言えば、世界トップレベルからみると圧倒的に遅れており、むしろ低レベルと言ってよいと思います〉と言い切る。
〈眼科手術は、1年前の方法が古くなることがあるくらい進歩の速い分野〉。にもかかわらず、医師が時代遅れの翻訳書に頼るため〈日本の眼科手術の状況は、20年遅れの情報にもとづいていても不思議ではない〉。PDTと呼ばれる加齢黄斑変性のレーザー治療は、かえって視力を悪くするとして〈世界でおこなわれなくなってから、日本にこの方法が入ってきた〉という。
職業柄か、自分の周りに眼の病気に悩む人は多いが、実は〈現代ではほとんどの眼の病気は治せる〉という。最新治療の詳細は本書を読んでほしいが、今回触れたいのは、本書が、さまざまな日本の医療の問題点や疑問点をズバリ指摘している点だ。
例えば、大学病院は最高の医療を提供しているという誤解。著者は〈大学病院は「研修病院」です。(中略)眼科外科に関していえば、日本には世界的な意味での優秀な眼科外科医はほとんどいませんから、大学病院での手術は、患者にとってはさらに未熟な医師による練習台になることと、ほぼ同義です〉という。
米国では、大学病院が“研修病院”となるのは日本と同じだが、事前に患者にきちんと説明したうえで、手術代が安くなり、確かな技術を持つ指導医が手術に責任を持つ。
日本では〈専門とする領域は、医師の好きなように記載できる〉ことの問題も大きい。医師は1人なのに数多くの科を掲げるクリニックの看板は珍しくない。
〈お金の匂いを嗅ぎつけた美容外科系の施設が、突然に豊富な宣伝で患者を誘導してレーシック手術を開始し、多くの問題が起き〉たのも、現行の制度と無関係ではないはずだ。本来は決して難易度が高くない手術でも、レベルの低い医師が手掛ければ、リスクは格段に大きくなる。
■危ないコンタクトクリニック
大都市で働く人なら、そこここにあるコンタクト販売店に併設されたいわゆる「コンタクトクリニック」を目にするだろう。なぜこれだけ数があるのか?
私自身、目の持病が再発して、職場近くのコンタクトクリニックに駆け込んだものの、待ち時間もわずかで、あっという間に診療が終わって驚いたことがある。
実は、〈コンタクト屋さんの診療所では、未熟な、もしくは眼科医ではない医師が、形だけ眼を診ていることが少なくありません〉という。本書では、コンタクト店の儲けの構造からコンタクトクリニックが増えた背景、リスクまで解説する。「早く診療が終わって良かった」と思っていたが、実態を読むにつれ少し怖くなった。
人は情報の8~9割を視覚から得ていると言われる。それほどまでに大事な「眼」だけに、施設選びには慎重を期したい。
本書は、プールで眼を洗うことや、水を大量に飲むことなど、刷り込まれた“健康常識”にも警鐘を鳴らす。今、「とくに眼に問題はない」という人にもオススメの1冊。(鎌)
<書籍データ>
深作秀春著(光文社新書800円+税)