今年はまだ肌寒いような気温の日が多いが、黄金週間を目前に控え、薬用植物園に花が最も多い季節となった。街路樹や里山の景色には新緑が美しい頃である。黄金週間には軽くハイキングなどに出かけられる方もおられよう。住宅地から日帰りで行くことができる山でも、かつては道端に多くの薬用植物が生えていたが、近年はめっきりその種類も個体数も減ってしまった。その中で、今でも慣れれば容易に見つけることができる薬用植物がいくつかある。イカリソウはその良い例のひとつだろう。


 イカリソウは強いて漢字で書けば「錨草」で、その名の通り、花の形が船の錨の形に似ているのである。錨の形にもいろいろあるが、漫画のポパイが上腕につけている錨の形ではなくて、大きめのタンカーや客船にしばしば見られる四方に鉤が出ているタイプをご想像いただきたい。 




 生薬は植物の根や根茎など地下部を利用するものが多いが、イカリソウは地上部を利用する。左右非対称の形の葉と針金のように細い茎は、花がない時期にイカリソウを見つける良い目印となるが、この地上部が薬用部位である。イカリソウは日本の山の湿った日陰の斜面などでよく見かける植物で、日本には昔から自生していたと思われるが、これの生薬名から想像するに、薬としての利用は外国から伝わったものだろう。 



 その生薬名はインヨウカクである。カタカナで書いてしまうと無味乾燥であるが、これを漢字で表記すると、期待される薬効が想像でき、その使い方が外国から伝来したと想像する理由もお分かりいただけると思う。


 インヨウカクは、淫羊藿と書く。そのまま読み下せば、淫らな羊になる草、である。羊は日本には昔からいたわけではないので、羊がこの草を食べて淫らになった、というところから薬効を見出した草というのであるから、その薬効は外国で見出されたものであろう、という訳である。


 藿という漢字は、調べてみると豆の葉という意味があるらしいが、淫羊藿以外にも、やはり葉部を使用する「藿香」という名称の生薬もあることなどから、特に豆の葉をさしているというよりは単なる葉っぱという意味か、または茂った葉、使える葉のような意味合いであろうと思われる。 



 では、羊が淫らになるとはどういうことか、といえば、あちらこちらで、あるいは何度も、交尾する、ということである。古典には、イカリソウを食べた羊がそういう淫らな状態になったと記されているらしいのである。ヒトであれば、淫羊藿は強精剤、元気になる生薬、ということである。薬局で医薬品として販売されているドリンク剤やいわゆる薬酒等の原材料には、かなりの高頻度で「インヨウカクエキス」が含まれているのだが、その理由はこれでお分かりだろう。しかしながら、漢方処方には淫羊藿を含むものはごく少数である。


 成分的にはイカリインというフラボノイド配糖体が特徴的な成分として挙げられ、日本薬局方に基づくインヨウカクの確認試験においても、この成分を薄層クロマトグラフィーで検出する。イカリイン(英語表記は icariin)という本植物の和名をベースとした化合物の名称から、この化合物は日本人が構造決定したのだろうと予想できるわけであるが、単離した化合物を使った実験などから、滋養強壮につながる生物活性が見出されているようである。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。