「何度も同じミスを繰り返す」「他人の話を聞いていない」「仕事に優先順位をつけられない」……。職場や家庭生活では、困った人と思われることもあるはずだ。こうした人はADHDの可能性がある。


 いわゆる発達障害の代表的な疾患のひとつで、日本語では注意欠如多動性障害と記される。近年、新たな治療薬が登場していることもあり、ADHDという言葉を見聞きする機会が増えた。


『発達障害』は、このADHDとアスペルガー症候群などを含むASD(自閉症スペクトラム障害)を中心に扱った1冊。


 発達障害という言葉はよく知られるようになったものの、一般人だけでなく、医師など専門家でさえ、きちんと理解できていないこともある。


〈発達障害は生まれつきのものであり、成人になってから発症するものではない〉が、企業の産業医などから筆者宛ての紹介状に〈成人になってから「発達障害」を発症して対人関係や社会適応が悪化した〉と書かれていることがあるという。


 本書では米国精神医学会がつくるDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)の診断基準をベースに、ADHDやASDの特徴や共通点、専門家でも陥りがちな診断ミスについて豊富な事例とともに解説する。


 興味深かったのは、ASDやADHDの人に見られる、さまざまな特異な症状を扱った〈第4章 映像記憶、共感覚、学習障害〉だ。


 特殊な計算能力や並外れた記憶力を持つ「サヴァン症候群」(映画『レインマン』の主人公レイモンドの病気と言えばわかりやすいか)、音から色が連想され〈「ド」が白、「レ」が黄色などと知覚される〉といった症状が出る「色聴」、異常ほど優れた映像記憶の能力など、分野によっては超一流にもなれそうな能力である。


 一方、〈読んでいるものの意味を理解することが困難で、読んでいるもののつながり、関係、意味するもの、またはより深い意味を理解していない〉といった学習障害が起きていて、日常生活やコミュニケーションで苦労が絶えないという人もいるだろう。


■コンプラ強化で生きにくく


〈第5章 天才〉では、第4章の特異な症状を持ちつつ、才能を発揮した著名人のエピソードから、発達障害の人の実像を明らかにする。取り上げられた医師・兵学者の大村益次郎、作家のアンデルセン、ルイス・キャロルらの優れた業績は広く知られるところだが、〈創造性と狂気〉を併せ持つ人だったようだ。


 社会生活を送ることが困難な患者に関しては、医療やデイケアなどの支援策が重要なことは言うまでもない。


 しかし、社会の側が発達障害の人を生きにくくしている面もありそうだ。


「出る杭は打たれる」という言葉が象徴的だが、そもそも日本の社会では、発達障害の人のように、平均値からはみ出した特性を認めない傾向がある。


 さらに、著者も指摘するように、〈1990年代後半以降、職場に限らずあらゆる場面で管理化が進められ、何かというと「コンプライアンス」が重視されるようになっている〉。管理化は、多くの発達障害の人が苦手とする分野だ。


 もう少し社会が“個性”を認める寛容さを持てば……とも感じるが、管理化の流れは強まるばかり。本人も周囲も正しく発達障害を知って、適切に対処していくことが、発達障害の人がいきいきと暮らすための、唯一の解になりそうである。(鎌)


<書籍データ>

発達障害

岩波明著(文春新書820円+税)