自殺者まで出たSTAP細胞を巡るドタバタで、広く一般の人々にも知られるようになった理化学研究所。ワイドショーなどの影響で、おかしなイメージがついてしまったが、実際のところ昔も今も日本を代表する研究所である。


 理化学工業を重視していた三共(現第一三共)の創業者、高峰譲吉らの提唱によって設立。ノーベル賞受賞者で知名度の高い、湯川秀樹、朝永振一郎をはじめ、ビタミンB1を発見した鈴木梅太郎、随筆家としても著名な寺田寅彦、「味の素」(グルタミン酸ナトリウム)の発見者としてしられる池田菊苗ほか多くの科学者を輩出してきた。


 創立から100年、その歩みと近年の成果をまとめたのが、『理化学研究所』である。  最先端の基礎研究を行う研究所だけに、〈ごく一般の方にもわかる、中学生でも理解できることを想定して書き進めた〉わりに、読み進むのに少々苦労した(苦笑)が、自然科学への知的好奇心を刺激されるという意味では、楽しめる一冊だ。


 史上はじめて日本に命名権が与えられた113番元素「ニホニウム」、09年の事業仕分けで「2位じゃダメなんでしょうか?」とやり玉に挙げられたスーパーコンピュータ「京」(けい)ほか、研究の最前線は本書を読んでもらうとして、驚かされたのが、研究の幅の広さと深さ、そして実験施設のスケールである。


 例えば、〈とんでもない地下実験施設〉「RIビームファクトリー」(埼玉県)は、総面積4万4643㎡(1万3500坪)。東京ドームの建築面積4万6755㎡に匹敵する。同施設のサイクロトロン(原子核の円形加速器の一種)は、加速する原子核の量で世界一を誇る。 “スーパー顕微鏡”ともいえる実験施設「スプリングエイト」(兵庫県)の主要部分のひとつは1.4kmもあるという。


■研究成果を産業化


 企業・産業の観点から理研を語るうえで欠かせないのが、第3代所長となった大河内正敏が掲げた〈研究成果の産業化だ。理研で生まれた特許や実用新案をもとにした企業を数多く設立し、それらの企業からの特許実施料を収入源として、研究費にあてるという構想〉を持っていたという。


〈理研の研究開発をもとに続々と企業が誕生、「理研コンツェルン」(のちの理研産業団)と呼ばれ、その数は63社、121工場におよんだ。1939年(昭和14年)にはそれらの企業からの収入が研究費の82%を占めるまでになった〉という。オフィス機器のリコーやピストンリングのリケン、「ふえるわかめちゃん」で知られる理研ビタミンあたりは、よく知られているところ。


 研究成果を産業化する〈大河内イズムは現在の理研にも引き継がれている。理研の研究成果をコアとする起業に対して理研が認定する企業群「理研ベンチャー」〉のほか、〈理研の成果を製品化した企業は多い〉。


 多岐にわたる理研の活動や先端研究を知るうえで非常に有用な一冊だったが、残念だったのは、この研究所にかかるカネの部分への言及が少なかった点(ブルーバックスシリーズという特性上、致し方ない部分もあるのだが……)。


 先日、大学への多額の寄付を表明した永守重信・日本電産会長は、「役所に任せると値段が高くなる」と装置や建物を自身で調達しているとのことだが、とかく国の機関は高コスト体質になりがち(本書にも紹介されている「融合連携イノベーション推進棟」の建物も建設費が高そうだ)。  STAP細胞問題で問題視されたガバナンスの部分も含めて、別の角度から理研を解明した本も読みたくなった。(鎌)


<書籍データ>

理化学研究所

山根一眞著(ブルーバックス940円+税)