5月20日。名古屋国際会議場の中庭では、味噌カツ弁当、手羽先の唐揚げ、きしめん、台湾ラーメンなど、パワフルな「なごやめし」のキッチンカー前に列ができた。第60回日本糖尿病学会年次学術集会の最終日、糖尿病患者ならちょっと手を出しにくい昼ごはんをすませた時分に行われたのが、シンポジウム「これからの食事療法―関連学会からの提言」だ。


◆6学会の代表が食事療法の課題を共有


 糖尿病の治療では、薬物療法実施の有無にかかわらず、運動療法や生活習慣改善とともに食事療法が治療・療養の基本。しかし、糖尿病患者は、肥満、動脈硬化、高血圧、腎機能低下を合併する例が多く、高齢患者も増えている。そうした現状に鑑み、このシンポジウムでは、以下の6学会のガイドラインで食事療法の部分を担当した専門家が初めて一堂に会した。議論の中で明らかになったのは、「個別化を目指す」という共通の方向性と各分野における着目点の違いだ。


<日本糖尿病学会>・・・石田均氏(杏林大学医学部第三内科)は、「糖尿病の食事療法には総エネルギーおよび栄養素バランスの適正化が必須」とし、日本における食事療法の問題点として、①推奨する栄養素バランスの推奨が現状では健常人の平均摂取量に基づいていること、②合併症リスクによる制約を受けること、③長期継続が困難であること、④標準体重(BMI22)を一律に目指すことに無理があることを、さらに今後の課題として、⑤急速な高齢化によるサルコペニアやフレイルへの対応、⑥生活パターンの変化による食習慣の悪化を挙げ、「管理栄養士の指導にも個別化が求められる」と述べた。


<日本肥満学会>・・・石垣泰氏(岩手医科大学糖尿病・代謝内科)は、「肥満症の食事療法の基本はエネルギー制限による減量」であるが、「(目安として」BMI22という数字を使うものの、そこまでの減量を求めることはなく、例えば3%の減量でも代謝の改善がみられればよい」、「現実的な目標設定をし、体重が減ってきていれば、患者の努力を認めることが重要」とした。


<日本動脈硬化学会>・・・丸山千寿子氏(日本女子大学家政学部食物学科)は、動脈硬化性疾患予防のための食事療法において、①植物性食品と海産物を組み合わせ、エネルギーや飽和脂肪酸が少なく食物繊維豊富な「伝統的な日本食(The Japan Diet)」を念頭にガイドラインを作成してきたこと、②総摂取エネルギーと各栄養素の割合のバランスが重要であること、③危険因子を改善する食事が必要であることを挙げた。


<日本腎臓学会>・・・糖尿病性腎症は1998年から年別透析導入疾患の第1位となり、現在では全体の43.7%を占める。同症の食事療法では、減塩とたんぱく質制限が行われる。減塩は単独での降圧効果だけでなく、降圧剤併用可での降圧効果とアルブミン尿減少効果が得られるとされる。深水圭氏(久留米大学医学部腎臓内科部門)は、「たんぱく質制限による糖尿病性腎症の発症・進展抑制効果については、現在まで十分なエビデンスがなく、さらなる大規模研究が必要」としながらも「尿たんぱくがある程度出ている人には制限が有効」との考えを示した。また、たんぱく質・エネルギー消費状態(PEW)がフレイルにつながるリスクがあることから「オーダーメイド的たんぱく質制限が必要」とした。


<日本老年学会>・・・高齢者の栄養状態の特徴としては、①エネルギーとたんぱく質の摂取がともに不足した栄養障害(PEM)が起こりやすい、②ビタミンやミネラルが不足しやすい、③サルコペニアやフレイルが起こりやすい、④低栄養が認知機能低下につながるリスクがある、⑤咀嚼嚥下機能が低下している等が挙げられる。荒木厚氏(東京都健康長寿医療センター糖尿病・代謝・内分泌内科)は、さらに「未治療の糖尿病や高血糖があると、四肢の除脂肪体重が減少し、筋肉の質が低下する」とし、「高齢糖尿病患者では、一般的な評価に加えサルコペニアやフレイルも評価する必要がある」、「概ね75歳以降を目安に、メタボ対策からフレイル対策にギアチェンジする必要がある」、また「BMIでの一律評価ではなく体組成を評価すべき」とした。


<日本高血圧学会>・・・高血圧の治療では食塩制限が重要で、同学会は1日6g未満を推奨している。「過度の減塩は心血管イベントを増加させる」との報告が週刊誌ネタになったが、同学会減塩委員会の委員長である土橋卓也氏(製鉄記念八幡病院)は、「観察研究では因果関係はいえない。リスクのある人が摂取を控えた“因果の逆転”と理解している」と説明。糖尿病や慢性腎臓病(CKD)を合併する高血圧患者の降圧目標は130/80mmHgと基本の140/90mmHgより厳しい。そこで「さあ、減塩!」となるが、1日平均10g強を摂取している日本人にとって「8gより下は本人の努力だけでは達成できない」として、食塩相当量での食品表示の義務づけ、イベント(減塩サミット)の開催、減塩しつつも美味しさを保っている食品の認定とリスト公開などの活動を行っていることを紹介した。


◆あちらを立てればこちらが立たず


 糖尿病の食事療法についてはここ数年、「エネルギー制限か、糖質制限か」といった議論が盛んに行われてきた。例えば糖質制限をした分、エネルギーの不足をたんぱく質や脂質で補う場合、腎機能低下や脂質異常症を合併する患者はどうすればよいのか。腎機能が低下した高齢患者でたんぱく質制限をする場合、全身状態を悪くしないためにはどんなことに留意すればよいのか。「これだけを行えばよい」という万能の答えはない。多角的・集学的な検討を行いながら、個々の患者の状態に合った方法を探っていく必要があり、今回のようなシンポジウムは他分野の視点を知るきっかけになると思われる(玲)。