日本で生薬として利用される天然物には、植物、動物やそれらの分泌物、鉱物などがあるが、圧倒的に多いのは植物性のものである。麻黄も植物の地上部であるが、他の多くの生薬とは見た目がかなり異なっている。
植物には葉と茎と根があって、花弁のある花が咲いて、というのが一般的なイメージだろうが、麻黄は一見してその葉に相当するものが無い。茎だけのようである。
また、花が咲いている様子も一見、虫がついているか新芽が準備されているかのようで、花とは認識しにくい。
この一風変わったマオウの風貌は、植物進化の比較的初期からほとんど変わっていないと考えられており、裸子植物という仲間に分類される。 葉は無いのではなく、近づいてマオウをよく見ると、茎に数センチ間隔で節があり、そこに三角形の鱗のような薄い膜が2枚ずつ貼りついている。これが葉に相当する器官である。花の時期はこの葉の脇に花がつくので葉は確認が難しい。
花は、雄株には雄花が、雌株には雌花がつく。雌雄異株の植物である。花の構造も一般に馴染みがある形ではなく、花らしい花弁が無くて雄しべや雌しべが球状のカプセルから無作為に飛び出した、という感じのものである。
さて、生薬としての麻黄は漢方薬として重要で使用量も多いのだが、その原材料は100%を主に中国からの輸入に頼っているのが現状である。麻黄は葛根湯や小青竜湯など多くのおなじみの漢方処方に含まれており、万が一にも中国が麻黄の日本向け輸出を厳しく制限したりすれば、多くの漢方処方が組めなくなって大幅な製品の供給不足を生じることが予想される。麻黄については、最近は中国国内でも、種々の理由が挙げられて取扱いに厳重注意が要求される状況となっており、資源的に大きな不安を抱えている生薬である。
漢方処方に麻黄が配される時に期待されるその薬効は、主に発汗作用であるという。汗とともに体内の悪いもの、不調の元となっているものを体外に追い出すのである。そうであるので、麻黄が入った漢方処方は、汗をだらだらかいている状態、例えば、発熱していて汗をかきつつふうふういっているような状態の時に服用するのはよろしくない。服用すればさらに発汗して身体が水不足となり消耗してしまう。
例えば、葛根湯は一般的な風邪の初期に使える漢方処方として有名ではあるが、麻黄をしっかり含むので、使えるのは患者が汗をかいていない場合に限られるのである。普段から血色が良く、胃腸が丈夫でどちらかといえばがっちりタイプの体格の人が、風邪の初期でなんとなく熱っぽいとか悪寒がするとかの症状はあるが、汗はかいていない、そんな状態の時にしばしば処方される漢方薬が葛根湯なのである。
麻黄に含まれる成分としてはエフェドリンが挙げられる。エフェドリンは誘導体化した化合物が化学薬品系の風邪薬に鎮咳作用を期待する成分として配合されていることがよくある成分であるが、中枢神経の興奮作用も併せ持っている。このため、スポーツ選手対象のドーピング検査では、麻黄を含む漢方薬を服用していると違反薬物反応陽性となる可能性が高い。
エフェドリンは化合物として特に複雑な構造を持ったものではなく、現在の優れた分析機器をもってすれば、比較的容易に分子構造を明らかにできる。しかし分析機器が無かった時代、化学反応させた前後の化合物の質量の違いから構造決定を行なっていた時代では、生薬中の化合物を単離精製し、構造決定するのは一大事業だった。その時代に、麻黄からエフェドリンを単離精製し、構造決定した研究者が長井長義という日本人で、日本の薬学はそこから始まったと言われている。 麻黄は日本に野生は無いが、色々な面で日本に縁の深い薬用植物である。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。