森友と加計学園。この2大疑惑に共通するキーワードは「政権の私物化」だが、それはもはや疑惑そのものより、大臣や官僚が見苦しく、もみ消しのウソや詭弁を繰り返す姿で、万人に可視化されている。アメリカでは、あのトランプ大統領にも、さまざまな高官が筋を通し、反対意見を公にしているが、我が国の政府関係者にそんな気概はない。私はかつて南米で暮らした時期があるのだが、日本の現状は、もはや南米諸国並みに感じる。


 加計学園の大学獣医学部新設問題で、目下の焦点は、「総理のご意向」などの文言が記された文科省の内部文書である。政権は文書の真贋や内容を頑なに否定してきたが、ここに来て前川喜平・前文科大臣がこの文書が本物であることを証言する動きを見せ、政界は激震に見舞われている。慌てた官邸は急遽、前川氏を醜聞で潰す動きに出た。


 政権との蜜月を隠そうともしない読売新聞が『前川前事務次官 出会い系バー通い』と個人攻撃の記事を出したのである。大手全国紙なら通常記事にしない“下半身スキャンダル”をよりによってこの時期、この人物について報じたことは、政権との連動が誰の目にも明らかであった。


 続いて注目されたのが3日後の文春と新潮だ。マスコミ業界の裏情報に強いネットサイト・リテラによれば、官邸は読売とこの2誌に「前川潰し」のネタを流したと見られるという。ところが、リテラはそう報じた直後、「2誌のうちのどちらか」が官邸の意に反し、前川氏の言い分を載せるらしい、と続報を打った。


 文春も新潮も右寄りの雑誌で、官邸リーク情報による記事もよく出すと見られている。だが、今回に関しては、両誌とも政権批判に回る可能性があった。文春は少し前、独自に加計学園疑惑の掘り下げた特集を組んでいるし、新潮も山口敬之氏の準強姦疑惑をスクープし、先週、その続報で“官邸のアイヒマン”こと、裏工作のプロ・北村滋内閣情報官と山口氏の関係を暴露したばかりだ。


 私はてっきり、山口スキャンダルの直後ということで、ネガティブ・キャンペーンを蹴飛ばしたのは新潮だと思ったが、蓋を開けてみればそうではなく、文春であった。タイトルは『「総理の御意向」文書は本物です 文科省前事務次官 独占告白150分』。読売記事について、違法でもない“下ネタ”を読売がこのように報じるのは極めて異例だ、と指摘したうえで、前川氏の証言の重みを受け止め《国会・メディアによる徹底検証が必要な時である》と主張している。


 前川氏の取材にはテレビ各局も動いていたのだが、読売記事によってその動きは一度中断、この日、文春と朝日新聞がインタビューを掲載して、封じられかけた証言が再び日の目を見る形になった。


 新潮の記事は中途半端だった。『加計学園疑惑の場外乱闘! 安倍官邸が暴露した「文書リーク官僚」の風俗通い』というもので、前川氏の買春行為を匂わせる書き方をする一方、読売記事が官邸のリークによることも暴いている。《もしかすると安倍総理は政権発足以来最大の窮地に立たされかねなかった》《下半身のスキャンダルを暴くという防衛策を講じたために不発弾として処理できそうなのである》と“両にらみ”の書き方をした。


 新潮編集部にも幾ばくかのプライドはあり、一方的に前川氏を叩くのは、ためらわれたのだろう。文春はよりはっきり雑誌ジャーナリズムの矜持を見せることになった。情けないのは日本一の部数を誇る天下の読売新聞である。往年の読売には気骨のある記者も数多くいただけに、官邸裏工作の手先と堕した今回の報道には、忸怩たる思いを抱いている社員も少なからずいるはずだ。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。