「現代の高齢者は昔の人より若い」と言われるが、70代も半ばを過ぎれば、いつ“その時”が来てもおかしくない。
年老いた親、そして子、双方が読んでおきたいのが『大往生したけりゃ医療とかかわるな【介護辺】』。著者は毒舌っぷりから〈医療界の〝綾小路きみまろ〟〉、最近は「トランプ」とも呼ばれる中村仁一氏。 もっとも、本人の言う“毒舌”は、本質を語っている部分も多い。
著者が指摘するように〈医療技術も、所詮、中途半端な技術(ハーフウェイ・テクノロジー)〉。新しい治療法ができれば、マスコミは「夢の技術」のように扱うが、〈身体全体にバランスよくガタがきている年寄りは、「iPS細胞」や「再生医療などに寄りつかない方がいい〉。〈ポンコツ車に最新鋭のエンジンを積み込んだらどうなるのか、考えてみればわかる〉だろう。
個人的に本書で非常に共感したのが、〈「科学的根拠」の正体〉だ。
〈日本人は(中略)「科学的根拠がある」などといわれますと、つい全幅の信頼を置いてしまいがちです〉〈一般的には、大きい数字の相対リスク減少を使って3割近く減った、4分の1減少したなどと表現して患者を恫喝します〉。 数字を見せられて、一瞬、納得させられるのだが、絶対リスクをみるとたいした影響がないこともままある。しきりに数値を持ち出して「科学的根拠」という人間がいたら、よくよく注意して話を聞いた方がよい。
■栄養注入で苦痛を感じながら長生き
ぜひ実践してみたいと思ったのは、「枯れるように死ぬ」ことだ。 死に向かう人は、〈体力がなくなり、だんだん歩けなくなり、立てなくなり、坐れなくなり、ねたきりになり、いつの頃からかおむつをするようになります。(中略)のみ食いができなくなれば、あるいは、しなくなれば、それは寿命がきたということ〉である。 ところが、現代の医療では、胃ろうを設置してむりやり流動食を入れたり、点滴で栄養を入れる。〈本人の身体が、もういらないといっている〉にも関わらずだ。介護の現場では、〈長時間かけて、口からムリヤリ食べものやのみものを押し込む〉。 食べなくなっているのは、死に向かう過程で栄養がいらなくなっているから。無理やり食べさたり、栄養を注入することで、吐いたり、体がむくんだり、何回も痰の吸引が必要になったりするという。多少長生きにはなるかもしれないが、食べるのも苦痛、食べたあとも苦痛とは拷問である。 無理やり生かされるくらいなら(しかもそこには医療費や介護費用がかかっている)、食が細って体力が落ち、ストレスなく死にたいものである。
もっとも、自分の親の最期に、どのように対処すればいいかは、非常に難しい。著者も指摘するように、〈死は縁起でもないもの、恐ろしいことと思っていますから、その手の話を(親と)することはほとんどないと思われる〉。先日、親に恐る恐る話を振ってみたが、たちまち不機嫌になったので話をやめた。
親の意思を確認していなければ、本人にとっては苦痛だったとしても、現代の医療や介護では、患者を生かすために全力をつくすだろう。
ワクチン接種や検査へのスタンスなど、本書には100%同意できない部分もある。しかし、医療や自分の命への考え方は人それぞれ。ふだんあまり意識することのない、人の“死に方”を考えるきっかけを与えてくれる。医療や介護の従事者などプロにも読んでほしい1冊である。(鎌)
中村仁一著(幻冬舎新書840円+税)