「宅配便を展開する物流業界は、完全に世論を味方につけた。取引先が見事に値上げを受け入れざるを得ない土壌を作り出した」
そう語るのはある流通業大手の幹部だ。ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便など個別宅配を手掛ける大手の値上げが相次いでいる。もちろん、物流業界は慢性的な人手不足、いわゆる物流ドライバーの高齢化などに見舞われていることは周知の通り。しかし、それを支援材料に“談合”ではないかというそしりを免れ、ヤマトや佐川は無傷で値上げを勝ち取ったのである――。
「一連のヤマト運輸の広報戦略は素晴らしかった」と話すのは金融大手を退職したのち、広報コンサルタント業に転身したA氏だ。
ヤマトはアマゾン・ジャパンに代表されるネット通販の宅配便荷物量が限界に来ていることなどから、27年ぶりという値上げを打ち出した。
まず日本経済新聞に27年ぶりの値上げについてリーク。一面で大々的に報道してもらったのである。
値上げはネット通販の急ピッチな拡大で物流量が増加、そこにもってきてドライバーの確保が難しくなっていることなどについて、大手紙に情報を提供することで繰り返し書いてもらっており、それに一般紙、テレビが後追いする格好で物流危機報道が燎原の火のように広がった。「宅配はそんなヤバいのか」という認識が一気に広がったのである。
そういった「値上げやむなし」という情勢を作り出していくなかで、実はヤマトはもうひとつの危機を抱えていた。それは「7万6000人未払い残業代調査」という報道だった。概算で数百億円規模の残業代が未払いになっており、横浜北労働基準監督署が調査しているというのである。
これは一部報道で発覚したが、実はこちらのほうが大問題である。だが、日経の「27年ぶりの値上げ」というアマゾンに追い詰められた危機、ネット通販物流の危機という報道にかき消された格好となった。
もし、「アマゾン」「27年ぶり値上げ」、そして「ネット通販による物流危機」という記事が出なければ、ヤマトは残業代未払い問題で世間から集中砲火を浴び、一般メディアを中心にヤマトのブラック企業としての実態が次々に明るみに出て、取引先との値上げ交渉どころの話ではなかっただろう。
結局、ヤマトはその後の調査では、残業代の未払いはグループ社員4万9000人、過去2年分で総額約190億円ということがわかった。ブラック企業のそしりも受けず、逆にまんまと値上げしやすい土壌を作り出したのだった。
まったくうまく非常事態を切り抜けたとしか言いようがない。一部関係者からは、残業代未払いという問題をアマゾン問題にすり替えただけという指摘もなくはないが、とはいえ、ヤマトの危機はこれだけでは終わらない。 頭をもたげているのは、27年ぶりの値上げで物流危機を回避できるのかという問題である。
実はヤマトの個人向け宅配便は全売上高の10%程度でしかない。ヤマトは値上げ幅5~20%を打ち出しており、個人向けに20%の値上げが実現できたとしても、アマゾンをはじめとする大口顧客向けである残り90%はそう簡単ではない。
アマゾンの宅配便については、ヤマトが受託する前に佐川急便が受託していた。しかし、佐川は安値受注に人手不足が追い打ちをかけたため契約を打ち切り、ヤマトにアマゾンが縋った経緯がある。ヤマトは、佐川の安値受注料金をほとんど変わらず継承したとみられており、1個あたりの受注料金は200円台後半と言われている。
量がまとまっているから、受注料金を安くするのは当然といえば当然だが、ヤマトの宅配便の1個あたりの平均受注金額に比べても半値程度である。しかも、戸別配送の宅配便については量的な効果があまり出ないと言われる。 アマゾンとの交渉が5~20%のどのあたりで着地するのかが、ヤマトの今後のカギを握っていると言っていい。
しかし、ヤマトの値上げ表明以降、宅配便大手は相次いで値上げを表明しているが、これに不快感をあらわにするのはイオンの岡田元也社長だ。岡田社長はこの問題について「談合に近い」と言って憚らない。佐川急便や日本郵便などは、ヤマトの巧妙な情報戦略に便乗して値上げした格好なのは間違いない。しかも、多くの共感者を誘いながら漁夫の利を得たのである。
経済産業省の調査によると、16年の日本のBtoB向けEC(電子商取引)市場は前年比9.9%増の15兆1000億円だった。百貨店やスーパーの市場規模が漸減傾向、コンビニエンスストア、ドラッグストアが低成長に転じているなかで、2ケタの成長を続けている。EC化率も5.43%と消費市場の中でも高水準で成長している。
恐らく、今後もネット通販をはじめとしたコンシューマー向けのEC市場が伸び続けることは間違いない。その物流インフラを支える宅配便が、ヤマト1社に集中して、ヤマトも増大する荷物の対処方法に苦慮している。当然、値上げだけでは解決できる問題ではない。
消費者に荷物を直接渡す「ラストワンマイル」問題は世界共通の課題になっているが、そろそろ、この解決策を関係する業界、関係する機関で真剣に考える局面に入っていると言えそうだ。(原)