与党復帰後、安倍晋三政権にとって5回目となる「経済財政運営と改革の基本方針2017(以下、骨太方針)」が9日、閣議決定された。2020年に基礎的財政収支を黒字化させる財政再建目標を守るとしつつも、2019年10月に税率引き上げを予定している消費税に全く言及しておらず、税制改革に関する消極的な姿勢が目立った。社会保障分野を中心とする歳出改革も踏み込み不足であり、経済成長による税収の自然増に期待している点で、財政再建に消極的な内容と言える。


 では、財政再建が遠のく中、医療・介護分野はどういった政策がとられるだろうか。特に、医療・介護分野では診療報酬と介護報酬、医療計画と介護保険事業計画の同時改定を2018年度に控えており、骨太方針の記述ぶりは予算編成に影響を与える可能性がある。以下は骨太方針の文言を検証しつつ、今後の方向性を考察したい。


◇「シ」の字も出ていない歳入改革


 骨太方針と言えば、小泉純一郎政権期は予算編成の前哨戦になっただけなく、自民党内の反対勢力との対立や首相主導の改革を演出する舞台装置として使われていた。それに比べると、近年の骨太方針は迫力を欠いており、今回も乏しい内容となった。そこで、以下は「書いていない」ことの検証を通じて、その方向性を探る。


 まず、消費税の言及である。歳入改革に関しては、再分配機能の強化を図る観点で、個人所得課税や資産課税の見直しに言及しているが、歳入改革の冒頭に書かれているのは資産売却・活用であり、税制改革ではない。消費税に至っては、正に「シ」の字も書いておらず、「消費喚起」の重要性を随所に強調している。このため、2019年10年に予定されている10%への税率アップについて、関係者の間では悲観的な見方が早くも広がっている。既に2015年10月、2017年4月に予定していた増税を2度見送っているが、「二度あることは三度ある」という格言通りの展開となりそうだ。


◇予防・健康づくりに力点


 歳出改革も迫力を欠く内容となっている。医療・介護分野を含む社会保障制度に関する基本的な考え方として、「医療費・介護費の高齢化を上回る伸びを抑制しつつ、国民のニーズに適合した効果的なサービスを効率的に提供」と規定し、【表】のような項目建てで具体的な内容に言及している。以下、いくつか拾い読みしていこう。


 個別分野で最初に言及しているのは、地域医療構想を含む医療計画と介護保険事業計画の改定である。骨太方針では「介護施設や在宅医療等の提供体制の整備と整合的な慢性期機能の再編のための地域における議論の進め方を速やかに検討する」とし、病床を再編・削減した後の受け皿となる在宅医療や介護施設の整備に触れているが、「地域における議論の進め方を速やかに検討する」と書いているだけで、議論の内容も決定時期も明確になっていない。


表:骨太方針に盛り込まれた社会保障制度改革に関する個別項目 出典:「骨太方針2017」を基に作成

注:個別項目の前に「基本的な考え方」が示されており、骨太方針に記載された実際の番号とは異なる。


 というよりも、地域医療構想は元々、団塊世代が75歳以上となる2025年を見据え、地域の実情に応じて医療機関などとの合意形成を進めることに力点を置いており、「速やかに」議論を進めることは想定されていない。さらに、議論の内容や進め方、決着点は各地域で異なるはずであり、国が進め方を差配するのは余計なお世話であり、困難である。こう考えると、実質的に何も言っていないに等しい。


 その次に言及しているのは医療費適正化。骨太方針では最大1.5倍に及ぶ都道府県別医療費の地域差を半減させるため、外来医療費の追加とともに、入院医療費に関しても地域医療構想に基づく病床再編の成果を反映させる必要性に言及しているが、こちらも具体的な内容は示されていない。


 個別項目の3番目は健康寿命の延伸である。骨太方針と一緒に閣議決定された経済成長戦略の「未来投資戦略2017」で「2020年までに健康寿命の1歳以上延伸、2025年までに2歳以上延伸」という目標を掲げていることもあり、▽2020年までに「保健医療データプラットフォーム」を構築、▽健康づくりに取り組む保険者を優遇するインセンティブ制度の創設、▽健康経営の推進―などに言及している。しかし、予防や健康づくりがマクロの医療費抑制に貢献したというエビデンスが古今東西、どこにもないことを考えると、その効果は限定的と言わざるを得ない。


 個別項目の4番目で触れている報酬改定のうち、診療報酬は「在り方について検討する」という表現にとどまっている。さらに、人口・高齢化の要因を上回る医療費の伸びや国民負担、物価・賃金の動向、保険財政や国の財政状況を列挙し、費用抑制につながる文言がちりばめられている反面、医療機関の経営にも配慮するとしており、実質的には両論併記に近い。


 診療報酬に比べると、介護報酬については生活援助を中心に訪問介護を行う場合の人員基準の緩和と報酬設定、通所介護などの適正化など、具体的な見直し項目に言及している。さらに、介護報酬の項目では筆頭として、介護予防を通じて要介護度を改善した場合にインセンティブを付与する考え方に言及しており、これは個別項目の5番目である介護保険制度改革でも掲げられている。


 しかし、費用抑制にどこまで繋がるか疑問である。確かにリハビリテーションで状態が改善するケースはあるが、全ての高齢者の要介護度が改善するとは到底思えず、過度な期待は禁物である。


 最も多くの紙幅を割いているのは、個別項目の6番目に登場する薬価である。具体的には、▽保険適用時の予想よりも販売額が増加する場合、速やかに薬価を引き下げる仕組みの導入、▽全品を対象にした薬価調査を毎年実施し、相応の国民負担を軽減、▽新薬創出・適応外薬解消等促進加算制度の絞り込み、▽エビデンスに基づく費用対効果評価を反映した薬価体系の構築に向けた検討、▽後発医薬品の価格帯を集約化、▽薬剤調製など対物業務に関する評価の適正化、在宅訪問や残薬解消など対人業務を重視した評価―などを列挙している。


 しかし、ここでも財政再建という観点では腰が引けた文章となった。6月2日の素案段階では後発医薬品の使用割合を80%までに引き上げる方策として、「先発医薬品価格のうち、後発医薬品価格を超える部分について、保険財政の持続可能性や適切な給付と負担の観点を踏まえ、原則自己負担とすることや後発医薬品価格まで価格を引き下げることを含め検討し、本年末までに結論を得る」としていたが、この文言は盛り込まれなかった。日本薬剤師会が13日、文言が盛り込まれなかったことを評価していることを踏まえると、業界団体の意見を踏まえて財政再建の手綱を緩めたことがうかがえる。


◇国民受けの悪い話を回避


 こうして見ると、予防・健康づくり、健康寿命の延伸に多くを期待し過ぎており、ほとんど具体性を欠いた内容と言える。むしろ、高齢化で医療費・介護費が増えているにもかかわらず、その問題から目を背けるため、当たり障りがない予防・健康づくりの必要性を喧伝しているようにも映る。


 地域医療構想に対する過度な期待も挙げることができる。特に、市町村国民健康保険の都道府県単位化や医療費適正化計画、インセンティブ付与と併せて、費用適正化に関する「都道府県の総合的なガバナンス」に期待を寄せている。


 しかし、民間医療機関が大宗を占める日本の医療提供体制で、いくら都道府県が旗を振ったとしても、それだけで病床再編・削減が進まないことは明白である。それにもかかわらず、都道府県の役割に過度な期待を寄せているのは、国民や日本医師会から反発されがちな病床削減や医療費抑制の責任を都道府県に押し付けている雰囲気さえ見受けられる。


「経済再生、歳出改革、歳入改革という3つの改革を確実に進める」―。菅義偉官房長官は骨太方針を決定した9日の臨時閣議後、記者会見でこう述べたが、歳入改革も歳出改革も本気で考えているとは思えない。政権としては、自民党総裁の任期が2020年まで伸びたのを受け、それまで国民から批判を受けやすい政策を封印することで、憲法改正に道筋を付ける意図を持っているのだろう。


 しかし、政治家が腹をくくらなければ、官僚が目先の課題解決と利害調整を優先し、美辞麗句を並び立てた小手先の改革に走ることは避けられない。骨粗しょう症のようにスカスカな骨太方針を読んでいると、暗鬱な気分になるのは筆者だけだろうか。


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丘山 源(おかやま げん)

大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。