植物と薬を扱った本は、少なくない。漢方薬の本が典型だ。生薬ごとの種類や効果・効能を記したものが一般的だが、『植物はなぜ薬を作るのか』は、他の本とは少し異なる。「なぜ植物は人の健康に役立つような化学成分を作り出すのか?」。植物の側からとも言えるアプローチで書かれた一冊である。
とはいいつつも、第1章は漢方薬、第2章では単一の成分を抽出した、いわゆる「西洋薬」に用いられている植物成分にフォーカス。まずは、植物成分と薬の関係をわかりやすく解説する。
生薬を使うため、漢方薬と植物は結びつけやすいが、西洋薬も植物由来の成分は多い。〈生薬から有効成分を単離するのに初めて成功した物質〉であるモルヒネ、〈ヤナギの鎮痛成分から作られたアスピリン〉といった薬はよく知られているところだろう。西洋薬では、植物から得られたリード化合物をもとに、効果を上げる、副作用を減らすなどの目的で、化合物の構造を変える方法もよくとられてきた。
参考になったのは、医学や薬学の分野でも現れる東西の考え方の違い。細かく要素に分解する西洋の考え方(要素還元主義)と、全体として考えていく東洋の考え方(全体システム主義)にはそれぞれ一長一短ある。 〈現在は双方を昇華すべく、両方の医療の優れた点を上手に合わせて用いて、医療を最適化しようとして〉いるという。
なぜ植物は人の健康に役立つような化学成分を作り出すのか? どのようにして作り出すのか? 本書の特徴とも言える、根源的な問いに入っていくのは第3章以降。
そもそも植物は人間に役立つように化学成分を作っているわけではないが、捕食者や病原菌といった生物学的“ストレス”から身を守るために〈植物が生産する防御物質と、薬が持つべき性質とが共通している〉。だからこそ、植物から人の健康の増進に役に立つ薬ができるのだ。
■供給不安もバイオ技術が解決
長い間、生薬や漢方の研究は〈とかく古めかしく辛気臭い印象の強い分野〉だった。しかし、〈ゲノム科学の進展によって世界の最も先端的な科学になった〉という。
第6章では、〈薬の元になる植物成分を人工的に作るためにどのような先端技術が使われているのか〉、ゲノム編集など最先端のバイオテクノロジー等にも触れつつ解説する。
例えば、本書で紹介されている「甘草」(カンゾウ)という生薬は、漢方薬の7割に配合されているにもかかわらず、ほとんどを中国からの輸入に頼っている。
甘草は需要の急増などで、将来の供給不安が懸念されているが、バイオテクノロジーを活用して有効成分を生産できれば、問題は解決する(かつて、ハッカクを原料としていたインフルエンザ薬「タミフル」や、永久磁石などに使われていた一部のレアアース(希土類)は、人工的に製造する方法を確立したことで供給問題を解決した)。
薬の製造コストを下げたり、より有効性の高い成分を開発したりするうえでも、バイオテクノロジーによる植物成分の合成はより有望な研究分野となりそうだ。
ちなみに本書は、専門用語や少し難しい言葉の説明が丁寧だ。例えば、〈がん疼痛(進行がん患者の多くが訴えるがん細胞の増殖による痛み)〉といった具合。とくに第3章以降は、“六角形”や専門用語が出てきて少々話が難しくなるのだが、初心者や門外漢にも読み通せるつくりとなっている。(鎌)
<書籍データ>
斉藤和季著(文春新書880円+税)