1997年6月26日、J.K.ローリングの『ハリー・ポッターと賢者の石』が上梓され、魔法の扉が開かれた。奇しくも同じ日に誕生したものがある。米国国立医学図書館(U.S. National Library of Medicine; NLM)内の国立バイオテクノロジー情報センター(National Center for Biotechnology Information; NCBI)が提供するMEDLINEの無料検索サービス、PubMedだ。
◆米国が世界にくれた贈り物
PubMedは1996年1月に試験公開された後、1997年6月に一般公開された。
当時の機関誌『NCBI News』は、写真入りのトップページで「副大統領が、無料でMEDLINEにアクセスできるPubMedを立ち上げ」と伝えている。写っているのは、NLMやNCBIの長に囲まれ、PCで検索を実演しているアル・ゴア氏。同氏は「今後、米国国民はMEDLINEを無料で使えるようになる」と高らかに宣言し、それがクリントン政権のエンパワメント政策の一環であり、米国の医療の質を改革・改善する原動力になるというビジョンを語った。
「科学の進歩に関する知識を共有する」試みは、PubMed誕生の130年ほど前に始まった。1869年11月に、英国のダーウィンらが図解入りの週刊科学誌としてNatureを創刊。彼らが掲げた発行目的の第一は「大衆に広く科学研究や発見の成果を知らせ、教育や日常生活に生かす」、第二は「科学者が研究成果に関する情報をいち早く世界に伝えることで様々な疑問や議論を喚起する」だった。
それから10年を経た1879年、米国の陸軍軍医ビリングズが、月刊の最新医学文献案内Index Medicus(索引誌)を創刊。この冊子体が1971年にオンラインシステム化され、医学生物学分野最大のデータベースMEDLINE(Medical Literature Analysis and Retrieval System On-Line)へと発展した。
開始時にPubMedにリンクされている専門誌は、Cell、New England Journal of Medicine、Scienceなど95誌だったが、今では60倍近い5,632誌(2017年3月現在、医学、看護学、生命科学とその周辺分野を含む)に増え、収載論文も更新され続けている。
PubMedのインターフェースを医学文献検索に使う人が多いかもしれないが、例えばトップページの下部中央(POPULARの下位項目)には、全文無料公開されている論文にアクセスできるPMC(PubMed Central)、同じく無料公開の書籍や書類にアクセスできるBookshelf、一般向けの健康情報 PubMed Healthなど、一般の人か専門家かを問わず有用な情報が無尽蔵にあるといっても過言ではなく、創刊時のNatureと同様の思想が感じられる。
◆どちらが“GREAT”か
MEDLINEの価値は「米国から人類への最大の贈り物」と称されるが、2017年3月のWashington Postは、NLMの上位組織である米国国立保健研究所(National Institutes of Health; NIH)の予算は次年度18%削減見込み、と報じた。
つい最近、6月26日には米国のシンクタンクPew Research Centerが、「米国への好意度や大統領に対する信頼度が全世界で低下」との調査結果を公表。特に大統領への信頼度はロシアとイスラエルを除いて急降下したという。
米国国民でない我々もPubMedの大きな恩恵にあずかっているが、無料公開することで「生物医学研究は英語で発表するのが基本」という世界的な流れが決定づけられた。こうした戦略的側面、科学的成果の社会還元や集合知による科学の発展という高邁なビジョン、百数十年を経ても色あせない価値を創り出すほうがよほど“GREAT”ではないだろうか(玲)。