百歳超の人(centenarian)の象徴ともいうべき存在だった日野原重明氏が105歳で亡くなった。 


 筆者は聖路加国際病院院長時代に取材させていただいた記憶がある。同院旧館のクラシカルな部屋に現れた先生は少し眠たげで、既に「ご高齢」の印象があったが、その後も四半世紀にわたって現役で活躍された。  また、別の折り、QOLに関する研究会で人間の健康における第4の要素について述べられていたことも印象に残っている。 


 1946年のWHO憲章では、健康を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(a state of complete physical, mental and social well-being)」と定義している(日本WHO協会訳)。その後1998年に、採択には至らなかったものの、これらに続く健康の要素として"spiritual well-being"を加える提案がなされた。 


 多くの日本人には少々理解しにくいが、先生は「病で心身ともに弱り果てていても、魂の強さで生き抜いている患者さんに遭遇することがある」と、"spiritual"な側面への理解を示されていた。 


◆戦後70年で男女とも80歳代に 


 百歳超とまではいわないが、日本人の寿命は過去一世紀あまりの間に確実に延びてきた。


 厚生労働省は、人口推計と人口動態統計の概数に基づく「簡易生命表」を毎年、国勢調査結果を含めた確定数に基づく「完全生命表」を5年ごとに作成している。この統計上、平均寿命とは「0歳の平均余命」つまり「死亡状況が今後変化しないと仮定したときに、その年に生まれた子があと何年生存できるか」を指す。 


 2017年3月に厚生労働省が発表した最新の「完全生命表」によると、2015年の平均寿命は、女性が86.99歳、男性が80.75歳。女性の推移をみると、1891(明治24)年以降、第二次世界大戦中までの三十数年は40歳代だったが、戦後1947年の調査で50歳代、1950~52年に60歳代、1960年に70歳代、1985年に80歳代に突入。男性はこれを追う形で、2015年に80歳を超えた。 


 とはいえ、同表に示された生存数推移のグラフは、男女とも105歳を超えた付近で限りなく0に近づく。  WHOの「世界保健統計2016年版」によると、世界の平均寿命も2000年から2015年の間に5歳延び、71.4歳(女性73.8歳、男性69.1歳)になった。ただし、寿命の格差は拡大傾向を示し、60歳未満の国が22か国ある一方で、高所得の29か国は平均80歳を超える。 


◆長寿の限界は 


 こうしたなか、世界では、長寿の限界に関する議論もなされている。 


 Albert Einstein College of Medicine(米国)で老化や疾患と遺伝子の不安定性との関係を研究するJan Vijg教授らは昨年10月、ヒトの寿命の限界に関する見解をNature誌に発表した。記録に残る最高齢者は1997年に122歳で亡くなったフランス人女性だが、教授らがヒトの寿命や長寿に関する国際データベースを精査した結果、1990年代以降は最高齢者の年齢が延びておらず、ヒトという生物種の限界から寿命の延びは115歳程度で限界に達すると結論づけた。 


 これに対し、「がん、心疾患、脳疾患など、モグラ叩きのように個々の病気と闘っているうちは限界があるが、老化そのものの原因が解明されれば別のアプローチができるかもしれない」とする研究者もいる。


 平均寿命と健康寿命の差は世界平均で8.3年、わが国では女性約12年、男性約9年程度。死と隣り合わせだった時代に比べれば、長寿は既に達成されたと言えなくもないが、不老や無病息災は容易ではない。老いた後は、完全無欠な身体の健康より、魂の健康を目指すほうが幸せに近づけるのかもしれない(玲)。