「ふるさと納税」が迷走している。元々、出身地など応援したい地域への寄附を認める制度だが、寄附の見返りとして自治体から贈られる返礼品のサービス合戦が過熱化し、総務省が是正を促す通知を繰り返し出す羽目になった。
しかし、事態の本質は「返礼品競争」ではない。税の在り方など民主主義の根幹に関わる問題が横たわっている、今回は「ふるさと納税騒動」の滑稽極まりない様子を明らかにしたい。
◇2000円を払えば景品が来るシステム?
高級和牛、産地直送毛ガニ, 国産高級うなぎ、パソコン、タブレット端末、カメラ…。ふるさと納税を巡る返礼品競争の過熱ぶりを挙げるとキリがない。制度が創設された2008年度以降、規模、件数ともに拡大基調が続いており、2015年度は金額ベースで約1,653億円、受け入れ件数は726万件余に急増した。急増の背景として、返礼品競争の過激化があったことは間違いないだろう。
図:ふるさと納税の受入額、受入件数推移
出典:総務省資料から作成
では、こんな状況がなぜ生まれたのか。ここで、制度の詳細をおさらいする。通常、国民は住んでいる自治体に地方税を支払う義務があり、この状況では「遠く離れた生まれ故郷に寄付したい」「旅先でお世話になった地域にお返ししたい」「震災地域を応援したい」といった思いを叶えられない。
しかし、こうしたことがふるさと納税では可能になる。ふるさと納税の目的について、総務省のウエブサイトでは「生まれ故郷はもちろん、お世話になった地域に、これから応援したい地域へも力になれる制度である。それは人を育て、自然を守る、地方の環境を育む支援になる」と説明している。
さらに、納税先を自ら選ぶことになるため、この総務省ウエブサイトは「納税者が寄附先を選択する制度であり、選択するからこそ、その使われ方を考えるきっかけとなる制度である。税に対する意識が高まり、納税の大切さを自分ごととしてとらえる貴重な機会になる」と指摘している。
しかし、返礼品を巡る競争を見ていると、いずれもないがしろになっている感がある。この点を理解する上では、ふるさと納税のカラクリをもう少し説明する必要がある。年収や世帯構成に応じて上限が設定されているが、共働きで年収400万円の夫婦が4万円を寄付した場合、2000円を超える部分が寄付の額に関係なく控除されるため、3万8000円が住民税から控除される。つまり、4万円を寄付していると言っても、実質的な負担額は2000円に過ぎず、「わずか2000円の寄付で格安に豪華な返礼品をもらえる」という行動を引き起こしているのである。
確かに寄付者は豪華な返礼品を割安に入手し、自治体は寄付金という自主財源を得られるため、一見すると誰も損しないように見える。これだけ短期間で定着したのは、国民や自治体の「お得感」が強いためであろう。実際、「お得」な返礼品を紹介するウエブサイトや書籍も増えた。
政府としても、ふるさと納税の推進に向けて旗を振った経緯があり、総務相時代に制度創設を主導した菅義偉官房長官の肝煎りで、企業からの寄付を募る「企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)」を2016年度に創設するとともに、寄附に必要な情報をワンストップで知らせるウエブサイトを作った。
しかし、世の中にタダのランチは有り得ない。その負担は誰かが必ず負担しているのである。この場合、寄付者の個人住民税が軽減されるため、その分だけ寄付者の住む自治体の税収が減ることになり、減少分の75%は国からの地方交付税で穴埋めされる。一方、地方交付税は所得税など国税5税の約3割を中心に、国民の税金で賄われているため、その負担は国民全員に行き渡る。
言い換えると、寄付者がわずかな金額で豪華な返礼品を受け取ると、そのツケを国民全員が支払っているのである。こんな状況で、総務省ウエブサイトが説明する「税に対する意識が高まり、納税の大切さを自分ごととしてとらえる貴重な機会になっている」と言えるだろうか。
この弊害は通常、目に付きにくいため、なかなか感じる機会がないが、例外的な存在として都会の自治体で弊害が顕在化している。
というのも、寄付者の住む自治体が地方交付税を受け取らない富裕な団体(不交付団体)の場合、先に触れた交付税の減額が起きない代わりに、その分だけ税収をダイレクトに失うことになる。実際、交付税を受け取っていない東京23区は失った税収を2016年度だけで129億円と試算している。
しかし、東京23区のケースは例外であり、全国的には交付税の減少を通じて、豪華な返礼品の後始末を国民全員が払わされているのである。
◇税、地方分権の本質に反する
ふるさと納税の問題点は損得勘定だけで論じられない。確かに「地元出身の偉人の生家を再建する」「震災で被害を受けた産業振興に使う」といったケースであれば、納税者は寄付先や使途を重視するため、税に対する意識を喚起させる。さらに、そのカネを職員の給与や借金返済に回さないことを確実にするため、受け入れ先の自治体が受け皿として基金や特別会計を作るのであれば、使途に対するチェックも可能になる。
しかし、今は都会の税収を奪うため、地方の自治体が豪華な返礼品で寄付を募っているに過ぎない。この点だけでも、ふるさと納税が如何に馬鹿げたシステムであるか分かる。
さらに、問題なのは「総務省の指導で…」という理由で、返礼品を見直した自治体の対応である。2000年の地方分権一括法を経て、国と自治体の関係は「上下・主従」から「対等・協力」の関係に変わり、国の通知は技術的助言に位置付けられた。
このため、ふるさと納税の是正を促す通知についても技術的助言に過ぎず、自治体は従う義務はないし、その内容が地域の実情に沿っていない判断されるのであれば無視しても一向に構わない。
さらに、自治体の判断が優先される点は国会答弁でも裏付けられている。実は、返礼品合戦の危険性については、法改正時に話題になっていた。有識者委員会が懸念材料に挙げており、当時の総務省幹部も2008年2月22日の衆院総務委員会で、「寄附を集めるため、地方団体が特産品を贈る約束するとか、高額所得者に特に個別、直接的な勧誘活動を強く行うこと、こういった懸念も(注:有識者委員会から)いただいております。これは地方団体でご判断いただくことであります」と答弁していた。
それにもかかわらず、総務省の通知を理由に返礼品を見直した自治体は地方分権改革の趣旨を理解していないか、「そろそろ返礼品を巡る無益な消耗戦を止めたい」と思っていたところに「渡りに船」と飛び付いたか、どちらかであろう。
いずれにせよ、だらしがないのは全国知事会や全国市長会、全国町村会である。普段から地方分権だの、地域の自主性を口にするのであれば、行き過ぎた事例に対応するガイドラインを自ら作ったり、通知で何度も出す総務省に「余計なお世話だ」と言い返したりして欲しいだが、そうした動きは見られなかった。
結局、ふるさと納税を巡る騒動を通じて、貴重な税収を返礼品で奪い合ったり、国の顔色を伺ったりしている自治体の無定見な姿勢が浮き彫りになったと言える。
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丘山 源(おかやま げん) 大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。