8月3日、第3次安倍晋三政権にとって3回目となる改造内閣がスタートした、不透明な国有財産の売却が行われた「森友学園」問題や、閣僚の相次ぐ失言などで急落した内閣支持率を回復する意味合いがあり、安倍首相は改造後の記者会見で、テレビカメラの前で陳謝する場面も見られた。
再スタートを切った政権が重視するのが「人づくり革命」。茂木敏充経済再生担当相に人づくり革命担当相を兼任させるとともに、「人生100年時代構想会議」という有識者会議を発足させ、必要な施策を2018年度予算編成に反映させるほか、来年6月をめどに最終報告を取りまとめるという。
しかし、「人づくり革命」の文言は過去の政府文書に登場しておらず、唐突感は拭い切れない。人づくり革命がどんな内容になるのか現時点では読みにくいが、ここでは政権運営の展望を加味しつつ、人づくり革命の去就を占ってみよう。
◇使い捨てのキャッチフレーズ
ここで5年前を思い出してみる。2012年12月、政権を奪還した安倍首相は「三本の矢」で構成するアベノミクスの推進を掲げた。「三本の矢」とは、①デフレマインドを払しょくする大胆な金融政策、②10兆円規模の経済対策を含む機動的な財政政策、③規制緩和などを通じた民間投資を喚起する成長戦略―であり、①②は円安株高を生む一因となった。
ここでポイントとされていたのが③の成長戦略である。①と②を通じてデフレ局面を脱却した後、規制改革や産業構造の転換を通じて、日本経済の新しい成長力を生み出す算段だった。さらに、それを進めるための司令塔として、安倍首相をトップとする「日本経済再生本部」を2013年1月に設置し、首相が議長を務める経済財政諮問会議と「両輪」となり、経済再生を進めるとしていた。
しかし、時を経るに従って手詰まり感が強まっている。例えば、本部の開催頻度は少なくなっており、2013年は11回だったが、2014年と2015年は4回、2016年は5回に減少。その議題も成長戦略の決定や新たな会議体の設置など事務的な話に過ぎない。「岩盤規制をドリルで開ける」と豪語していた規制改革についても十分な成果は上がっておらず、「加計学園」で話題となった獣医学部新設など小さな案件をつつき回しているに過ぎない。
その後、安倍政権が2015年9月に打ち出したのが「新三本の矢」である。これは①希望を生み出す強い経済、②夢をつむぐ子育て支援、③安心につながる社会保障―であり、①は地方創生とGDP600兆円、②は希望出生率1.8への引き上げと教育再生、③は介護を理由にした離職者をゼロにすることなどを掲げた。
しかし、「矢ではなく的じゃないのか」という突っ込みが出るほど、思い付きの印象は拭えない。③は当の厚生労働省さえ事前に詳しく知らされていなかったという。
こうして5年間の歩みを見るだけでも、実績がどこまで出ているのか検証されないまま、次々と新しいキャッチフレーズを示してきたことが分かる。移り気な国民の目先を変えるための「キャッチフレーズの使い捨て戦術」という見方は酷だろうか。
◇人づくり革命の軽薄さ
そして今度は「人づくり革命」を進めるとしている。8月3日の閣議決定文書を見ると、「これまでの画一的な発想にとらわれない『人づくり革命』を断行する」「人生100年時代を見据えた経済社会の在り方を大胆に構想する」とした上で、年を取っても学び直しやチャレンジできたり、家庭の経済事情に関係なく子どもたちが頑張ったりできる「誰にでもチャンスあふれる日本」を創造するとしている。
さらに、人づくり革命の施策を具体化するため、有識者委員会を組織するとともに、内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、財務省、法務省の職員などで構成する30名規模の事務局も発足させるという。現時点での施策としては、政府・自民党で取り沙汰されている高等教育の無償化、こども保険の導入、職業訓練の充実、教育の質の向上、研究開発や投資支援などが想定されているようだ。
ところが、こちらも思い付きの印象は拭えない。今年6月に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針2017(骨太方針2017)では、サブタイトルに「人材育成」を掲げているものの、「革命」という些か物騒な言葉は「第4次産業革命「移動革命」で使われている程度であり、「人づくり革命」という言葉は7月14日に開催された経済財政諮問会議で民間議員の資料に使われたのが最初に過ぎない。革命とは十分に準備しないまま、掛け声だけで実現するのであろうか。
むしろ、注目すべきは施策の内容よりも、茂木担当相が「4年ぐらいでのスパンで実行する政策を取りまとめる」としている点。来秋に予定されている自民党総裁選で首相が連続3選を果たした場合、最長で2021年まで政権を続けることになり、人づくり革命の政策が連続3選の政権公約になる可能性がある。
しかし、支持率急落で先行きに暗雲が垂れ込む中、首相の思惑通りに事が運ぶかどうか予断を許さない状況であり、人づくり革命もどこまで内容を伴うか読めない。最終的には、これまでと同様に空疎なキャッチフレーズで終わり、加計問題で内閣の足を引っ張った文部科学省を再編するぐらいの話題にとどまるかもしれない。
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丘山 源(おかやま げん)
大手メディアで政策形成プロセスを長く取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。