訪問介護の現場に同行させてもらったことがある。もうすぐ100歳になろうかという利用者は、自宅での全面的な身体介護や生活援助が必要だが身体の病気はなく、咀嚼困難だが胃腸の問題もないという。昼時、訪問介護員(いわゆるヘルパーさん)が届いていた弁当の中身を箱の区切りごとにミキサーにかけ始め、一品ずつ和食の食器に盛った。筆者は、白、緑、茶色・・・と色味の異なるスムージーのようになった弁当の様子と、ヘルパーさんの声かけと介助によって完食した利用者に、二度驚いた。
◆在宅療養高齢者の7割以上に低栄養のリスク
国立長寿医療研究センターが平成24年に行った調査では、65歳以上の在宅療養者のうち37.4%が「低栄養」、35.2%が「低栄養のリスクあり」とされた(「在宅療養患者の摂取状況・栄養状態の把握に関する調査研究報告書」、解析対象990名)。
高齢者は、永久歯(特に臼歯部)の喪失や唾液分泌量の半減、嚥下筋筋力の衰えにより、咀嚼・嚥下機能が低下する。そこに味覚・嗅覚・視覚などの感覚機能や消化・吸収能の低下、多剤服用なども加わって食欲不振に陥りやすい。食事の量や質が低下すると、食事からの水分摂取、細胞内水分の最大の貯蔵部位である筋肉の減少から、脱水状態にもなりやすい。こうした負のスパイラルを引き起こさないためには、高齢者の嗜好や食事歴に配慮しつつ、食べやすい食事の工夫が必要になる。
とはいえ、要支援・要介護者のいる世帯のうち、本人のみの単独世帯(独居者)の割合は、平成16年の20.2%から、平成28年には28.9%へと増加の一途をたどっている。また、同居の介護者がいる場合も、介護時間は「必要なときに手をかす程度」「2~3時間程度」(44.5%と10.7%)をあわせて6割近くに達する一方、「半日程度」「ほとんど終日」(10.9%と22.1%)は3割強で、調理に手をかけられる時間には限界がある。(平成28年国民生活基礎調査)。
こうした背景から、介護食品市場は今後拡大が見込まれており、咀嚼・嚥下困難者用食品の販売額は2010(平成22)年の88億円から2020(平成32)年には251億円に増加するとの予測がある(富士経済「高齢者向け食品市場の将来展望2015」)。
◆産業振興の側面と課題
そこで、農水省は平成25年に検討会を設置。厚労省、消費者庁との連携のもと、「介護食品市場の拡大を通じて、国民の健康寿命の延伸に貢献する」ための検討を進め、医療・介護関係者、食品メーカー、流通関係者などとの意見交換の中で生まれたのが「スマイルケア食」だ。「介護食品」では消費者のイメージが狭まるため、この名称とし、笑顔が2つ並んだマークは公募で決定された。
「スマイルケア食」は、次の3つに分類して色分けし、既存の介護食品との整合性も考慮されている。
①青:咀嚼・嚥下機能に問題はないが、健康維持のために栄養補給を必要とする人向けの食品 →事業者がエネルギー・たんぱく質が制度の基準を満たしているという「自己適合宣言」をし、農水省にマークの利用を申請(平成29年8月1日現在、16企業(日清オイリオ、大塚食品など)64製品)
②黄:咀嚼機能に問題がある人向けの食品 →JAS法に基づく「そしゃく配慮食品」のJAS規格取得食品について、事業者が農水省にマークの利用を申請〔同、1企業(キューピー)3製品〕
③赤:嚥下機能に問題がある人向けの食品 →消費者庁の所管する特別用途食品のうち「えん下困難者用食品」について、事業者が農水省にマークの利用を申請〔同、1企業(ニュートリー)9製品〕
「スマイルケア食」の普及支援には平成28年度と29年度で12億5,600万円の予算が充てられ、今年度は、選択のアドバイスを行う専門家(指導者、実務者)の研修が行われる予定だが、消費者の目にはまだ見えてこない。
見た目と味の良さ、バラエティの豊富さ、入手しやすさ、手ごろな価格、選択しやすさなど、介護食品に対する消費者の希望はよく理解できる。一方、産業側の視点から、こうした希望に応えつつ、自社製品に付加価値を与えて生き残っていくのは、食品大手か、ユニークな発想を持つ良い意味で小粒な企業か、関心をもって見守りたい(玲)。