夏の薬用植物園メンテナンスは、ひたすら雑草との戦いである。いわゆる雑草と称される、エノコログサ、オヒシバ、メヒシバ、ムカシヨモギの類などはどこにでもたくさん生えてくるが、薬用植物を教育・研究に使うために植栽している薬用植物園では、それらは少々邪魔なのである。筆者が管理する園では、植え込み花壇の中の雑草も通路に生える雑草も、全て手作業で除去している。20年ほど前までは通路に除草剤を散布していたが、除草剤の性能が向上し、“浸透して根こそぎ枯らす”が売り文句になってくると、通路に散布したはずの除草剤が流れて、植え込み内の大切な薬草まで枯らす事件が頻発するようになり、除草剤を利用しなくなった。自然なこととして、春から夏の園はいつも雑草が目立つ状態に保たれることとなった。景観や利便性を売り物にする園ではないので、必要な薬用植物がそこで維持管理できていれば、雑草くらいは問題ではない、という判断である。 


 しかし、である。近年は高校生や中学生を対象とした早期体験授業や校外学習の授業などを依頼されることがぐっと増え、また、薬剤師の先生方を対象とした漢方・生薬の講習会や、医療従事者対象の講演会なども開催回数が多くなり、そんな時に薬用植物園の見学をやって欲しいとお決まりのように頼まれる上、薬学部のアウトリーチ活動として、専門知識を持たない一般人が参加しやすい薬用植物園見学会はうってつけであると、毎年開催を依頼される状況となっており、薬用植物園を多数の外部の方に見ていただく機会が、季節を問わず多くなってきたのである。 


 その結果、夏でもそれなりに雑草が目立たない状態を保つ必要性が感じられるようになって、はたと困ってしまったのである。除草作業を増強したいが、作業する人を増やす資金源もなければ、雑草と薬草を区別できる熟練者は現に雇用している人材しかない、というのが現実なのである。そこで色々考え思い至ったのが、“雑草に勝る繁殖力のある薬草”に雑草より旺盛に繁殖してもらい、雑草が生える隙間をなくす作戦であった。 


 それに必要な薬草の条件は、春先は雑草類より早く芽吹いて茂り、栄養繁殖の期間が長く、虫害が少なくて、京都の気候条件なら潅水が不要なもの、木本ではなく冬場は枯れる草本であること、等であって、さらに即戦力として一気に植えていきたいので、それが本園に豊富にあるものでなければならない。この一見難しそうな条件に当てはまったのが、ハッカの仲間であった。ハッカの仲間は節のある地下茎を浅く土に埋めておけば、それだけで繁殖が可能である。節のところから根と芽が出て、いつの間にかそのあたりに小さな株を作っていく。おかげさまで、このハッカ類繁茂作成は成功し、2年ほど前まで腰の高さほどもある雑草に覆われていた面積が、今では踏み込めば爽やかなにおいがふわっと起きるハッカ類の原に変貌した。 春先のハッカの芽吹き。力強いシュートがたくさん伸びてくる 



 ハッカの仲間にはたくさん種類がある。いわゆるハーブの代表格だが、漢方薬として使われる種類もあり、和種ハッカと称される。和種ハッカはまた、蒸留して精油をとり、その精油からメントールを精製する原材料でもある。メントールはモノテルペンでありながら、常温常圧で個体の結晶になる化合物で、試薬を反応させて有機化学的に合成することもできるようになったが、現在でも多くが和種ハッカの精油から再結晶という極めて素朴な昔ながらの方法で作られている。特に香料として使われる場合は、極微量の不純物が異なるとにおいのニュアンスが変わるので、和種ハッカ由来の天然メントールを使うか、合成メントールを使うかは、非常に大きな問題なのだそうである。加えて香料については、天然香料の方が合成香料よりも消費者受けが良いこともあり、時間が精製してくれる天然メントールはまだまだ重宝される存在なのだそうだ。 和種ハッカの花。葉腋に小さな花が輪状につく


 

西洋ハッカタイプの花。和種ハッカと異なり、茎の頂点に花が輪状についたものが重なってつく


  


 さて生薬としてのハッカは、加味逍遙散、川芎茶調散などの漢方処方に配合され、気(Qi)を巡らせる働きが期待されると言われている。世界的に見てもハッカの仲間は、種類は異なるがそれぞれの土地に生えているものを、風邪の初期症状緩和にハーブティーとして飲用したり、気鬱の薬に配合したりと、保健目的で使われる事例が多い。乾燥葉より新鮮葉の方がはるかに香り高く、用途も広がるので、庭の隅っこに、またベランダのプランターの端に、ちょっとあると嬉しい薬用植物である。 


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 伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。