医療の業界を取材していると、「ホントに博識だなぁ」と感じさせられる医師と、結構な頻度で出くわす。『カラダはすごい!』の筆者、久坂部羊氏もそんな医師のひとりなのだろう。本書に収められた、古今東西の医療にまつわるネタの質と量が凄いのだ。まさに博覧強記。 


 本書は、当初2012年に講談社から『モーツァルトとレクター博士の医学講座』のタイトルで刊行されている。このたびタイトルも新たに、加筆修正のうえ新書として登場。読もうと思いながらスルーしていた本だったので、再発行を機に手に取ってみた。 


 通常、オムニバス形式の“雑学本”は、薄い情報が多い。さっと読み流して1~2時間もあれば足りるだろう。しかし、本書のコンテンツは濃厚だ。常識のウソ、医学の歴史、知っていそうで知らない体の秘密、映画や小説に登場する病気、歴史上の著名人と病気……。アプローチは多種多彩で、じっくり読み進めながら味わうことができる一冊である。 


〈アルコールを飲むとトイレに行きたくなるわけ〉〈ダイエットの禁じ手「胃袋縮小手術」〉〈左目が眩しいデビッド・ボウイ〉ほか、知っておくと“肴”になる話題は本書で読んでいただくとして、本書のポイントは別なところにある。 


 新書としてコンパクトにまとめつつも、折々に厳しく日本の医療の問題点を指摘しているのだ。 


 近々、健康診断を受けることもあって、気になったのが、がん検診に関する記述。〈アメリカで15万人を対象にした13年間にわたる大規模調査で、年に一回の胸部レントゲン検査を受けても、肺がんの死亡率が下がらないことが証明されています〉〈定期的な胃がん検診もアメリカでは国立がん研究所が「推奨しない」としています〉〈国際的にはがん検診を実施している国はほとんどないのが実情です〉という。 


 本当のところどうなのか?


 最近は健康診断や人間ドックを受けないと、会社の総務部門からのプレッシャーが凄い(彼らにも受けさせる義務があるからだ)だけに、正しい情報を知りたいものである。  


■心臓移植手術の矛盾 


 一部の不妊治療など、日本でできない治療が海外でできることがある。本書で指摘しているのが、心臓移植をめぐる日本(人)の矛盾だ。 


〈国内で脳死移植を禁止しながら、多くの患者が海外で移植を受けている現実を、世界は許さないだろう〉〈日本人の脳死は認めないけれど、外国人の脳死は認めるというのでは、あまりに身勝手〉という著者の主張はもっともだ。 


 著者は、過去の歴史を踏まえて、医学とは〈科学の中で時代とともに変化しやすいもの〉というスタンス。 


〈そもそも医学誌は、常に過去を嘲笑することで成り立ってきました。現代の医師は中世の医師にあきれ、中世の医師は古代の医師をさげすんでいました。ということは、現代の医療もまた、未来の医師から嘲笑される可能性が高いということです〉 


 現代人は、静脈を切って血を抜き取る「瀉血」と呼ばれる療を受けたモーツァルトを笑えない(しかも、当時は「医学的根拠」があったという)。画期的な新治療や新薬が出ると、短い時間軸でも過去の常識や価値観が一変することはある。例えば近年、新薬が相次いで投入されたリウマチ治療は、薬ができる前の世界とだいぶ変わった。


 読んで我が身を振り返り、反省したのが、人が色を識別する仕組みを解説した〈なぜ色と形が見えるのか〉。かつて、デザイナーと喧々諤々、微妙な色合いをめぐって議論したことがあった。結局、最後はデザイナーに折れてもらったのだが、著者は〈同じ色を見ても、他人と自分が同じように見えているという保証はありません〉という。


 意見が食い違っていたのは、互いに違う色に見えていたからかもしれない――。「こんな色を付けるなんて、センスを疑う!」とまで言ってしまったデザイナーに、今度お詫びをしようと思う。(鎌) 


<書籍データ>

『カラダはすごい!』

久坂部羊著(扶桑社新書820円+税)