「ゲノム編集」を扱った本を取り上げるのは、『ゲノム編集を問う』が過去1年で3冊目。ゲノム編集とは、〈遺伝子組み換え技術より圧倒的に高い効率で遺伝子を改変することを可能にした〉新型遺伝子工学ツールである。 “生命の設計図”ともいえる〈ゲノムを自在に変更する強力な編集ツール〉だけに、広く関心を集めているテーマで、新刊が相次いでいる。
個人的にもさまざまな可能性を感じている技術であることから、最新の動向を注視しているところだ。
本書は、ゲノム編集の全体像や発展の歴史についてコンパクトにまとめている。
医療分野では、ゲノム編集を用いることで、重症の遺伝子疾患の予防といった新しい医療の可能性が広がるが、親の意志でゲノムを変更して、生まれてくる子どもの容姿や知能、運動能力などを決めてしまう“デザイナー・ベビー”の懸念など、問題点の指摘も適格だ。
本書が特徴的なのは、医療分野だけでなく、食べものとしての植物や動物にゲノム編集を用いることの意味を考察している点だ。
著者の指摘する〈スーパーで味噌や豆腐、コーンスナック菓子などを買うとき、「遺伝子組み換えでない」という表示の商品を選んで買っている人〉は少なくないだろう。自分もそんなところがある。
なんとなく「遺伝子組み換えは体に悪そう」「天然のもの自然のものは体に良さそう」(必ずしもそうとは言えないのだが……)という考えが染みついているからだ。
ゲノム編集を用いれば、遺伝子の改変が遺伝子組み換えよりも簡単で、さまざまな収量や質を操作した作物が作れるようになるはずだ。
その時、ゲノム編集された作物をどう考えるか? 遺伝子組み換え作物のように、なんとなく体に悪そうと拒否するのか?
著者は〈個人的レベルで拒否するのは自由〉としつつ、〈社会運動として主張するのであれば、個々の作物育種毎に食品安全性や環境への影響の評価データを研究者に求めていく方が適切ではないか〉と主張する。
世界の人口は増える一方だ。食物需要も人口増に合わせて膨らんでいる。ゲノム編集が、膨大な食物需要を満たすうえでカギとなる日が来るかもしれない。
一方、食卓に上る肉はもう少し複雑だ。〈食用を目的とする遺伝子組み換え家畜については、日本はおろか世界的に見ても、規制当局の承認例はほとんどない〉という。
〈動物愛護の観点が大きい〉からだが、わが身を顧みても、通常より肉が異常に大きかったり、あるはずの毛や羽がなかったりと、見慣れない形の生き物を食べたいとは思わない。食卓に上るためのハードルは、野菜や果物よりも高そうだ。
■実用化で日本の先を行く中国
盲点だったのは中国の動向だ。あれやこれやと各国が思案しているうちに、遺伝子改変、ゲノム編集の実践で、一気に先頭グループに入ってしまった感がある。
本書によれば、遺伝子治療の世界で承認されている製剤はわずか7つに過ぎないが、うち2つが中国の製品だ。日本はゼロ。すでに、ゲノム編集治療の臨床試験でも中国は日本の先を走っている。臨床研究や治験のしやすさなど中国ならではの要因は大きいが、日本は大きく取り残されている格好だ。
かねて想定されている不妊治療・生殖医療の分野に加えて、ゲノム編集で先を走りそうなのが〈遺伝子治療の提供が近いと議論になっている〉美容外科の分野だ。
中国、不妊治療、美容外科……。日本の保険医療の枠外で、ゲノム編集の現実が走ってしまう懸念は小さくない。(鎌)
<書籍データ>
『ゲノム編集を問う』
石井哲也著(岩波新書780円+税)