秋の果物が店頭を彩る季節になった。バナナやパイナップル、最近ではリンゴなども一年中店頭に並んでおり、季節感が無くなったが、カキはやはり秋限定の果物である。ピカピカでつるんとした実の柿色は美しい。八百屋やスーパーで生食用に売られているカキは四角い形が多くなったが、この平べったい四角い形は型にはめて作ったかのようで、思わず触りたくなるのは筆者だけだろうか。
さて、この小欄でとりあげるからにはカキも薬用植物としての側面があって、生薬として使う部位があるのだが、何処の部位だか読者はお分かりになるだろうか。木本の薬用植物でしばしば利用される部位としては、桂皮や黄檗、厚朴のような樹皮を思い浮かべられるかもしれないが、カキの薬用部位は樹皮ではない。柿の葉寿司からの連想で葉、というご意見もあろうが、残念ながらこれも違う。実は前述の果実、のある部分なのである。
薬用植物園の見学会などでこう説明すると、柿の種、と声が上がることが多い。ビールのつまみじゃあるまいし、だが、小学校の理科の教科書で種子の内部構造を説明するのに、半透明の胚乳に胚が真っ白で分かりやすいカキのタネの断面図はよく見た覚えがある。しかし、これも薬用部位ではない。実は生薬にするのは、カキの果実の蔕(ヘタ)なのである。
柿の蔕は柿蔕(シテイ)といって、しゃっくりどめに使う。柿蔕湯という漢方処方もある。柿蔕湯は柿蔕の他に丁子、生姜を合わせた処方で、一般用医薬品(OTC)にはエキス顆粒の製品があるが、医療用医薬品としては承認された製品が無い。
しゃっくりどめという薬効は一風変わっているが、しゃっくりは横隔膜の痙攣で、始まってしまうと自分で意識的に止めることはできないし、呼吸のリズムも狂うし、長時間続くようなことがあれば苦しくてたまらないだろうと予想がつく。過去にはしゃっくりが長時間続くことなど非常に稀で、医療用漢方処方エキス選定の際には使用頻度の低さから柿蔕湯は落選したのかもしれないが、近年は抗がん剤治療の際の副作用などとして、しゃっくりが長時間続くということがままあるのだそうである。
しゃっくりは筋肉の痙攣なので近代医薬品で対処しようとするときには、胃腸機能改善薬や抗精神病薬などが使われるようである。しかし、いずれの薬もしゃっくりを鎮めることを目的として作られた薬ではないし、効果が全くないこともしばしばあり、そんな時が柿の蔕の出番なのだそうである。
最近では、漢方薬は剤形としてエキス顆粒が使われることが多い。しゃっくりどめに漢方薬を使おうとする時にも、柿蔕湯のエキス顆粒が使えたら、患者さんにも薬剤師にも都合が良いと思われるのだが、残念ながら、前述した通り、保険診療でカバーされる医薬品のラインナップに柿蔕湯は入っていない。このため、例えば抗がん剤治療で入院している患者さんのしゃっくりどめに柿蔕湯は使いにくい。そこで、そういう時には生薬の柿蔕を単味で煎じて投薬することがあるのだそうである。病院によっては、OTCの柿蔕湯顆粒剤を患者さんに自費で購入してもらって使ってもらう、というやり方もあるらしい。
生薬を煎じる調剤は、普段の錠剤や顆粒剤の調剤と勝手が大きく違うので、薬剤師も困ってしまうことがあるようである。煎じている間のにおいは強いし、煎じる時間は1時間程度と長いし、出来上がりの液体は長期保存ができないし-生薬の煎じはなかなかに面倒くさい調剤である。しかし、「柿の蔕を煎じた液体」で、止まらないしゃっくりで苦しんでいた患者さんが楽になって喜ぶ様子を見ると、作業の煩わしさも吹っ飛んで、また次回も、と思うのだそうである。病院によっては、夜中にしゃっくりで寝られない、と訴える患者さんにすぐに対応できるよう、あらかじめ柿蔕の煎じ液を氷トレーなどで凍らせ、そのフローズン柿蔕湯を冷凍庫に常備している、というところもあるようである。
では、柿の蔕のどの成分がしゃっくりを止めるのだろうか。非常に興味深いところだが、柿蔕に含まれる成分としては、ベツリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸などのトリテルペン類が報告されているものの、これらの成分は植物には珍しい成分ではなく、生薬類の中に普遍的に見出される。実験しようと考えても、しゃっくりの動物モデルが作りにくいという事情もあるが、作用メカニズムの解明はまだまだこれから、である。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。