これまで「がん」に関係する記事はさんざん書いてきたが、50の声を聞くようになると、身近な友人・知人レベルで罹患する例も増えて、がんという病気が急速に“自分ごと化”してきた。
『がん消滅』――。
著者が冒頭で断っているように、少々〈強烈すぎる〉タイトルではあるが、版元の狙いに乗って手に取った。
近年、がん治療は大きく進化を遂げている。その背景にあるのが、〈ゲノム・遺伝子解析技術の進歩〉である。
21世紀に入って、DNAを解析するのにかかる時間は50万分の1に短縮。コストは100万分の1まで安くなったという。その結果、がんと遺伝子の異常に関して、さまざまな研究が進んだ。〈がんの種類や、個々の患者さんによって遺伝子異常は大きな違いがあることが遺伝子解析によって明らかに〉なったのだ。
今や〈データをもとに治療法を選択するというプレシジョン医療の時代に入りつつある〉。具体的には、遺伝子のタイプで薬の副作用の出やすい人を調べたり、薬の効果がない人には投与しないといった具合だ。
ゲノム・遺伝子技術の進歩の恩恵として、著者が期待しているのが「リキッドバイオプシー」(血液などの液体を利用してがんを発見する)の技術である。がん組織には、特有の遺伝子異常がある。この知見を、血液などの液体からがんを診断することに生かす。
血液を用いた診断は、体にかかる負担が少なく、〈手術可能な段階での早期がんの発見〉、早期の〈再発の診断〉に活用できるほか、手術後の薬剤投与の判断、薬剤の選択にも使えるという。実用化にはもう少し時間がかかりそうだが、いずれは広く普及しそうな技術である(前回紹介した線虫を使ったがんの診断とも、共存あるいは使い分けできそうな印象を受けた)。
■免疫力が低下した患者に免疫療法の矛盾
もうひとつ、近年のがん治療の進化として挙げられるのが、本庶佑教授のノーベル賞で一躍注目された「免疫療法」だろう。免疫本来の力を回復させることによってがんを治療する方法で、「オプジーボ」や「キイトルーダ」等の新薬が投入され、大手製薬会社も関与するようになった。著者らも新たな免疫療法を開発しているが、これから大きく進化しそうな分野である。
著者は本書で、標準治療やエビデンスの考え方について持論を展開している。その是非については賛否の声が上がりそうだが、少なくとも現在の形が最上とは言えないだろう。
現在、免疫療法が〈標準治療を終えて治療の選択肢がなくなってしまった患者さんに提供されていますが、抗がん剤で免疫力が低下した後に投与するのは、科学的には矛盾しています。患者さんの免疫力が高い時に利用するほうが効果が期待できる〉という指摘は、まったくもって同感だ。
一定の治療法が存在する分野で、革新的(とみられる)治療法が登場するとき、どう評価し、標準治療に組み込んでいくか、再考の必要がありそうだ。
最終章の〈AI医療の可能性〉は、医療品質の維持・向上、人手不足といった課題を解決する上で、今後、AIが大きな役割を果たすことを実感させる。医療の世界は、職人芸や重労働に依存している部分も大きいが、〈大腸内視鏡挿入の自動化〉〈画像診断・病理診断のサポート〉ほか、全体の底上げに役に立ちそうな技術が目白押しだ。
すぐに「がん消滅」とはいかないまでも、今後、5年、10年の時間軸でがん治療の世界が大きく変わりそうな期待を抱かせる一冊である。(鎌)
<書籍データ>
『がん消滅』
中村祐輔著(講談社+α新書900円+税)