前回に続いて、2015年に経済産業省商務情報政策局医療・福祉機器産業室が公表した「経済産業省における医療機器産業政策」と題されたレポートを見る。 


 国内医療機器市場の分析については、このコラムでは少々なおざりにしてきたこともあり、同レポートから参照しておこう。市場規模は実は21世紀になってからあまり拡大基調にはなく推移している。CT、MRIなど、保険適用画像診断機器が90年代までに医療機関を一巡、飽和状態とみることができるが、高度医療機器はPETでひとつの節目が来たという印象も受ける。


 実際、98年の薬事工業生産動態統計で2兆円を超えていた市場は、その後低迷し、98年レベル6年間ほど下回っていた。とはいえ、成長軌道は緩やかで、2兆5000億円を超えたのが12年、13年時点では2兆7000億円規模だ。この数字には輸出額はカウントされていない。それを踏まえた上で医療費に占める割合を単純に算定すれば7%程度。 


 ただ、医薬品がダイレクトに治療戦略の最大の武器であるのに対し、医療機器は診断・治療の目的分野が多様で、治療戦略の補完的位置づけが大きい(治療的機器は、粒子線治療があるが、このテーマはこの連載中に触れる)。そのため、診療報酬の中での技術評価がその市場を左右することになる。費用対効果論議が本格化すれば、この技術分野に対する論議もかなりシビアになることが予想されている。 


●見えにくい市場構造


 さて13年時点での医療機器市場の構造はどうなっているか。経産省レポートでは、医療機器のカテゴリーを診断系医療機器、治療系医療機器、その他の3分類に分けて構造をみている。診断系は、画像診断システム、生体現象計測・監視システム、医用検体検査機器、画像診断用X線関連装置及び用具、施設用機器が組み込まれている。治療系は生体機能補助・代行機器、処置用機器、治療用または手術用機器、鋼製器具。その他には眼科用品および関連製品、歯科材料、家庭用医療機器、歯科用機器、衛生材料及び衛生用品。なお、同レポートは、診断系の代表例として内視鏡、CT、MRIを挙げ、治療系ではカテーテル、ペースメーカーを挙げている。


 この類別分けには少々異論もいると思うが、ここではこれらを検討することはしない。上記の分類に沿って市場規模をみると、診断系は全体で6963億円で、画像診断システム2800億円、生体現象計測・監視システムが2772億円で、この両者が大きなウェイトを占める。一方、治療系は全体1兆4103億円となり、生体機能補助代行機器5345億円、処置用機器6897億円が主なものだ。 


 13年度自体での前年比伸び率は診断系が2.0%増、治療系が3.8%増と治療系が大きい。レポートでは治療系は輸入割合が高いと指摘している。伸び率の大きなものをみると、治療用又は手術用機器の伸び率が高い(6.6%増)ことが目をひく。ダヴィンチなどの高度手術機器の影響が類推され、特にこの分野ではAIの技術革新がどのような影響を与えていくのか関心を集めることになりそうだ。 


●ロードマップづくりは困難 


 経産省の立場からみれば、医療機器産業の育成は成長戦略の一環であり、医療費問題との関係はあまり論じられないのは当然といえるが、その成長戦略も一応眺めておく。キーとなっているのはやはり、前回に示したAMED(日本医療研究開発機構)の設立である。産業分野として成長するにはいわゆる「ワンストップ型」の支援体制が必要であり、経産省もそのステークホルダーのひとりとして参画するとの認識が強調されている。 


 15年に閣議決定された日本再興戦略に沿って、事業化の加速、知財取得と戦略的活用、医療機器の国際標準化の推進、人材育成、開発支援ネットワークの推進、コンサル人材の育成などの戦略が並ぶ。 


 その駆動装置としてのAMEDの存在に言及するわけだが、この中での経産省の役割については、「実用化」が明確化されている。ちなみに内閣府は「総合調整」、文部科学省は「基礎研究」、厚生労働省は「臨床研究」。 


 その「実用化」に関してだが、このレポートは課題も示している。第一は医療現場(ユーザー)におけるニーズの把握が困難であることを挙げる。ユーザー情報を得ることが難しい分野であることを率直に認めたうえで、「特定の医師の意見だけに基づいて製品化しても、市場性は不透明」と断じているのは、医療現場の複雑性に改めて厳しい認識を得ているとみられる。特に「特定の医師の意見だけ」というところに、保険適用というハードルが市場の不透明感を増幅していることを指摘しているようにも思える。穿ち過ぎかもしれないが。 


 第二に具体的な販売を見据えた事業化が困難だという認識、第三の制度、規制への対応の難しさもほぼ同様の認識から出発しており、時間と費用を要するために「ロードマップの立案が難しい」とも述べている。 


●大量消費構造のまま海外展開できるか


 経産省レポートからそろそろ離れたいが、このレポートでは国際化に関するシミュレーションをいくつか示しながら、最後の「今後の方向性」で、「病院丸ごと輸出―日本式医療拠点整備」モデルの多様化を語っている。いわば日本医療の輸出産業化提案だが、これには、日本の医療が「日本型医療保険制度」という岩盤構造に則って展開され、市場を形成していることをどう解決するのかという前提処理の考え方が示されていない。


 日本の医療システムのダイナミズム(この表現が適切かどうかは別として)は、日本型医療保険制度をベースにした医療提供体制から生まれている。患者はフリーアクセスで受診できるのは当然であるし、受け入れる医療機関は、例えプライマリケアであっても専門診療科目に分かれているという世界に例のない構造を有している。


 CTは日本での浸透状況は世界に例を見ない。医療機関それぞれのいろんな理由で、地域での共同利用などにまるで関心を持たずに導入した結果だ。それによって80年代後半から日本の診断の精度が高まり、日本人の療養環境はさらに改善され、日本人はさらに長命になったとされている。


 例えば、フリーアクセスによって日本ではドクターショッピングが実に簡単に行える。地域でのプライマリでのネットワーク形成が不十分なために、結果的に多剤投与などの問題も顕在化し始めているのも事実だ。多剤投与や重複投与が疑われるという点では、患者は複数の医療機関で重複検査や、重複機器診断を受けている可能性も高いということである。その意味では、医薬品と同様に、医療機器も市場で水増し的、つまり必要量以上に流通している可能性は大きいと言わざるを得ない。


 そうしたビジネスモデルが、日本の医療機器事業者やユーザーに成立している点では、国際化の名のもとに海外に目を向ける認識が育つだろうかという疑問が多い。 


 患者も医療機関も医療大量消費に対する認識は薄い。この構造を変えないかぎり、実は何も変わらないし、たえず費用対効果を求められる海外展開など、日本型モデルでは武器にも物差しにもならないという予測がつくのである。 


 次回からは粒子線治療を軸に日本の医療構造をもう一度復習する。(幸)