「詩織さん事件」にまつわる週刊新潮の特集記事がすごい。『「安倍総理」を擁護したくて虚報発信!! 週刊文春「韓国軍に慰安婦」記事は山口記者の捏造か』。元TBS・山口敬之氏が安倍首相のヨイショ本を書く少し前、週刊文春に発表した『歴史的スクープ 韓国軍にベトナム人慰安婦がいた! 米機密公文書が暴く朴槿恵の〝急所〟』(2015年4月)について徹底検証し、その内容が捏造だった可能性を指摘しているのだ。


 山口氏は文春の当該記事で、ベトナム戦争中、旧サイゴン市に韓国軍慰安所が存在したことを示す米軍公文書を発見したとして、当時を知る退役米軍人やベトナム系米国人に証言を求めている。韓国は慰安婦問題で日本を責め立てるが、韓国軍だってベトナムで同じことをしていたじゃないか。要はそういう記事である。


 しかし、オリジナルの文書を新潮が確認したところ、内容はまるで違っていたという。ベトナム戦争中、犯罪への関与を疑われた売春施設経営者が「ウチは韓国軍専用の施設だ」と言い逃れようとしたものの、米軍が調査した結果、「ベトナム人国籍所有者を除く一般向け売春施設」(つまりは外国人向け一般売春施設?)でしかなかった、というのである。慰安所や慰安婦といった文言は見当たらず、売春施設や売春婦と言う言葉を山口氏が置き換えていた。


 氏に取材された退役軍人も「自分は現地をよく知っているわけではない」として、記事にあるコメントを「そんなことは話していない」と強く否定した。文春編集部や山口氏は記事にまつわるこうした疑問に対し、「ベトナム国籍保有者を除く」という文言を拠り所に「事実上韓国軍施設だった」「元々は韓国軍施設だった」などと強弁し、非を認めてはいないらしい。 


 それにしても、記事内容にもまして驚かされたのは、新潮が「詩織さん」へのレイプ疑惑で氏を総力追及するとはいえ、嫌韓や歴史認識問題といった右派読者の最大関心事で、でっち上げ疑惑を暴いてみせたことだ。


 取材データ・証言を捻じ曲げるこの手の問題では、古くは南京虐殺否定本の草分け『南京虐殺のまぼろし』(鈴木明)の台湾取材でも、証言の捏造が指摘されているが、基本的に右派の媒体は「右側のデマ・虚報」には目を瞑り、触らずにいることが通例であった。にもかかわらず、新潮は今回、敢えてそのタブーに挑戦したのである。


 かと思えば、レイプ被害の訴えを検察審査会に退けられた「詩織さん」もまた、泣き寝入りをよしとせず、『ブラック・ボックス』という告発本を刊行した。その版元が文藝春秋ということにも驚く。週刊文春は問題の韓国軍慰安婦記事以降、フリーとなった山口氏を重用し、新潮のレイプ疑惑追及キャンペーンにも沈黙を貫いてきたからだ。今回の問題では、記事を掲載した責任も問われてしまうため、苦しいところだが、すでに社としては、山口氏を擁護するスタンスではなくなっているのかもしれない。


 媒体の「右派」という自社カラーにあくまでも固執するか、ケースバイケースで対応を変えるのか。今年になって活字メディアでは、「もり・かけ」疑惑をきっかけに保守媒体が二分され、“固執派”の産経・Will・Hanadaと“是々非々派”の文春・新潮が、はっきりと異なる誌面をつくるようになった。筆者の目にこの分離は好ましく映るが、まだ暗中模索状態にあるその道程では、今回のような錯綜が、これからもあるに違いない。 


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。