シリーズ『くすりになったコーヒー』


 2回に渡ってニコチン酸・酪酸受容体GPR109Aについて書いてきました。今回はコーヒーと乳癌の疫学をまとめた上で、腸内菌の影響がGPR109Aを介して、大腸以外の発癌(ここでは乳癌)にも及ぶことを書いてみます(図1を参照)。


●すべての乳癌を併せた疫学研究で、コーヒー習慣は発癌リスクと関係しない(詳しくは → こちら)。


 毎日5杯以上を飲む群のオッズ比は0.71とのデータもありますが、その場合は循環器系疾患リスクが高まるので、お勧めできません。普通にコーヒーを飲む習慣が乳癌全体を予防することはなく、誘発することもありません。ただし、乳癌をサブグループに分けて解析すると、コーヒーの影響が見えてきます。どういうことでしょうか?


●乳癌患者というメイングループから、ある条件(性別、喫煙の有無、ある遺伝子の保有者など)をもつ乳癌患者だけを抽出してサブグループを作る。


 コーヒーの影響がメイングループに出なくてもサブグループに出れば、その理由を知る切っ掛けができます。こういう分類(層別)方法は新薬の治験でよく使われていて、コーヒーの疫学研究でも使われています。



●エストロゲン受容体(ER)をもたないサブグループ(ER−群)のオッズ比は0.41、閉経後の女性は0.63で、この数値はカフェイン代謝酵素SYP1A2の有無とは無関係(詳しくは → こちら)。


 乳癌と女性ホルモンの関係は昔から指摘されていました。乳癌細胞のなかにあるERがエストロゲンと結合することで、癌の増殖が進むのです。若い女性でもERが少なければコーヒーの予防効果が期待できますし、閉経後の女性ならERが少なくなっているので、これまた期待できるのです。


●1型乳癌感受性遺伝子(BRCA1)が変異しているサブグループのオッズ比は0.69に下がっている(詳しくは → こちら


 BRCA1とは、癌抑制遺伝子の1種で、活性酸素などで傷ついた遺伝子や転写ミスの遺伝子を修復する役目をもっています。そのためBRCA1が変異して機能を失うと、乳癌や卵巣癌のリスクが高まります。そしてコーヒーは、BRCA1に変異があるサブグループで乳癌リスクを下げているのです。


●抗癌薬タモキシフェンで治療中のサブグループでは、コーヒーを飲んでいると癌の再発や薬物耐性が起こり難い(詳しくは → こちら)。


 普通にコーヒーを飲む生活習慣は、癌を予防するだけでなく、一旦癌になっても悪性化しにくいし、抗癌薬耐性になるリスクも低い。データはまだ不足していますが、非常に魅力的なデータだと言えます。


 さて、お待たせしました。腸内菌が作っている短鎖脂肪酸とビタミンB3のニコチン酸は、乳癌とどんな関係があるのでしょうか?受容体GPR109Aの癌特性が明かされつつあります(図1)。
●乳癌患者の乳腺上皮には、健常者にあるGPR109Aがない(詳しくは → こちら)。


 健常者にはあるGPR109Aが、乳癌患者では発現していないのです。原因を調べてみると、染色体内の遺伝子が、ヒストンタンパク質で固定されたまま、静止状態(機能していない状態)になっていました。もしこの静止状態を解除して、GPR109A受容体を作れるようになれば、乳癌細胞の増殖が抑えられるはずです。これはまだ仮説の段階の話ですが、基礎研究分野の興味ある論文が出ています(前回ブログも参照)。


●GPR109Aを介して増えるインターフェロンガンマ(IFNγ)は、DNAメチル化で静止状態になっているGPR109Aを発現させる(詳しくは → こちら)。


 前回、大腸上皮のGRP109Aを介してIFNγが出来ると書きました。そのIFNγがGRP109A遺伝子を正常に発現させるというのです。これはエピゲノムの遺伝子発現に正のフィードバック機構の存在を示唆しているとも思われます。


 まだまだ不明な点が多いのですが、大腸癌の研究で明らかになった腸内菌の役割が、短鎖脂肪酸などの受容体GPR109A(他にもある)を介して、遠隔位の臓器の発癌リスクにも影響しているとの知見は、医食同源の世界をまた1つ広げることになりそうです。


(第287話 完)


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