シリーズ『くすりになったコーヒー』


 ビタミンを食べないと病気になって、長引けば死んでしまいます。それほど大事なビタミンですから、研究はとっくに終わっていると思われがちです。でもそんなことはありません。ビタミンには未知の現象が山ほどあるのです。


●焙煎コーヒーのビタミンは『B3のニコチン酸』である。


 ビタミンB3、またの名をナイアシンとかニアシンとも言いますが、実体は「ニコチン酸とニコチン酸アミド」の2つです(図1を参照)。そして、「この2つは体内で自由に変換し合うので、どっちを摂っても大差はない」と専門家も信じていました。しかし、これが大きな間違いでした。



 ビタミンとしてのB3の働きは、ニコチン酸の作用ではなく、ニコチン酸アミドの作用なのです。焙煎コーヒーを飲んだとき、体に入ったニコチン酸は、一部がニコチン酸アミドに変ってビタミンとして働きます。しかし、ニコチン酸にはビタミン作用とは異なる大事な作用があるのです。しかも、この働きをニコチン酸アミドで代用することはできません。


●焙煎コーヒーのニコチン酸は、脂肪細胞の表面にあるGタンパク質共役型受容体GPR109Aに結合する(詳しくは → こちら)。


 すると、ビタミン作用(補酵素としての作用)とは違うニコチン酸独自の作用が現われます。1つは高脂血症の改善であり、もう1つは血小板機能の抑制です。しかし、実際にコーヒー1杯に含まれるニコチン酸の量では、実効ある作用を出すには不十分・・・なのですが、近年になって新たな発見がありました。


●ある種の腸内菌は、食物繊維を栄養として、ニコチン酸と短鎖脂肪酸(酪酸など)を産生し、両者はGPR109Aアゴニストとなって、抗炎症作用と癌化抑制に寄与している(図2を参照:詳しくは → こちら)。




 腸内菌が作り出すニコチン酸と酪酸は、腸管内皮およびそこに棲む免疫細胞のGPR109Aに結合して、大腸癌を予防しているというのです。同類の論文が増えつつあり、ごく最近には、腸内菌が作る酪酸などが(恐らくGPR109Aを介して)腸管免疫細胞の抗体産生能を促しているともいうのです。この論文は今週号のネイチャー誌にも引用されました(詳しくは → こちら)。


 疫学調査によれば、「繊維質の少ない食事を摂っていると過敏性腸症候群や消化器癌リスクが高まる」。食物繊維の発癌抑制は大腸だけでなく、遠隔臓器にも及んでいるとの論文も出始めています。


 コーヒーは食物繊維を多く含む食品です。そんなコーヒーを飲むと、コーヒー自体に含まれているニコチン酸の他に、コーヒー繊維質を栄養とする腸内菌が作るニコチン酸と酪酸が、コーヒーの発癌リスクの軽減に寄与している可能性があるのです。


(第285話 完)


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