シリーズ『くすりになったコーヒー』


 去る3月29日、日本薬学会年会へ行って来ました。『コーヒーがビタミンの作用を強くする』ポスター発表してきました。同じ会場に『コーヒーと白内障』の話があったので、紹介します。発表したのは慶応義塾大薬学部の田村悦臣教授とその仲間たちでした。




 白内障は『眼の老化』です。還暦を過ぎるころから『目がかすむ』などと言いつつ放って置くと、『手術しましょうか』となってしまいます。それでも放っておけば視力ゼロ・・・後進国では今でも失明の最大原因です。今は手術で治りますが、一度手術すると二回目はなかなか難しいので、アルツハイマー同様に『発症を遅らせる努力』が大事な病気です。


 ポリフェノールが白内障を予防するという話は以前からありました。最新のデータによりますと、49〜83歳の女性を対象に平均7.7年追跡したところ、4,309名の白内障が発症しました。ポリフェノールの1日摂取量で分類し、摂取量が最大のグループと最小のグループを比較すると、最小グループの発症率1.00に対して最大グループでは0.87だったとのことです(詳しくは → こちら)。


 次に、田村教授のデータです(ポスターを参照)。


●発表によると、深煎りコーヒーに白内障予防効果が認められたが、中煎豆や生豆には効果がなかった。


 ということは、効き目を示す成分はカフェインではなく、ポリフェノール(クロロゲン酸)でもないということです。では何が効いているのかと言いますと、筆者の考えでは可能性はたった1つしかありません。


●焙煎中にトリゴネリンからできてくるN-メチルピリジニウム塩(NMP)がある。


 深煎り豆のNMPが、最近注目されている転写因子Nrf2を刺激するのです(詳しくは → こちら)。では、生豆の成分が無効なのは何故でしょうか?これまた最近の論文によれば、生豆に比較的多く含まれていて、焙煎するとNMPに変化するトリゴネリン・・・NMPとは逆にNrf2を抑制するというのです(図2を参照)。生豆のトリゴネリンは、焙煎の前後で作用が逆転するのです(詳しくは → こちら)。




●消費者の皆さんはご注意ください・・・市販のトリゴネリン添加コーヒー(トリゴネコーヒーなど)の効き目は諸刃の剣・・・予防もするし増悪もする。


 怪しい話は他にもあります。大袈裟に言えば、これまでの『コーヒーと白内障』の研究はどれもこれも怪しげです。なかでも疫学研究はひどいもので、「人を馬鹿にしているのでは?」と言いたくもなってしまいます。ちょっとこれをご覧ください(詳しくは → こちら)。




 この論文が強調していることは、『カフェイン摂取量が白内障の失明率を下げている』ということです。筆者は論文にある表1を図3にしてみました。この図の5つのゾーンとは、世界地図で個人のコーヒー消費量(カフェイン換算の1日摂取量)に差が認められる地域です。すぐ気がつくのは、ゾーン1から5に向かって国の経済力が増していることです。つまり『右へ行くほど経済先進国なのでコーヒー消費量が多い』という当たり前の順番です。ちょっと考えるまでもなく、医学的にも栄養的にも右へ行くほど進んでいるに違いないのです。ですから右へ行くほど白内障が少なくなる(手術が普及している)のは当たり前のことです。こんな話は、コーヒーやカフェインとは全く関係ありません。今時こんな的外れな論文があるなんて驚きです。


 さてさて今回の薬学会で見た田村研究室の発表は、これまでの『コーヒーと白内障の怪しげな関係』に終止符を打って、コーヒー研究が新たな段階に進んだことを教えてくれました。


(第272話 完)


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